板門店で指をさす女

"Panmunjom 2016."

Photo: “Panmunjom 2016.” 2016. DMZ, South Korea, Richo GR.

朝も早くから、ソウル駅近くのとあるホテルに集合させられている我々の目的は、JSAに行くことだ。JSA-Joint Security Area は、いわゆる板門店として知られる、南北朝鮮の国境エリア。北朝鮮問題がエスカレートしつつあり、立入が出来なくなる前に、いっぺん行ってみよう、ぐらいの気分だった。

センシティブな場所なので、JSAに個人で行くことはできず、ライセンスを持った業者が運行するツアーに参加する以外に選択肢は無い。そして、このツアーは、思いつきでは行くことが出来ない。訪問者に対するパスポートチェックがあるから、事前に日本から申し込んでおかないといけないのだ。しかも、ソウル市街からJSAは意外と遠くて、往復でほぼ丸一日かかる。出張のついでに半日観光、という訳にはいかないのだ。だから、今回は一度かの国との国境を見るためだけに、やって来た。

国連軍基地内のブリーフィングルームで、「何が起こっても(死んでも)責任は自分に有ります」という主旨の誓約書にサインをして、いよいよ出発。


DMZの入り口でバスに乗り込んできた二十歳ぐらいのJSA警備兵は、どう控えめに言っても精悍、エリートだなという感じが彼のプライドと共に伝わってくる。韓国は徴兵制だと言われるが、実際に前線の兵士になるのは徴兵検査時に7段階の判定のうち上位1-3級の人だけ。しかも、全員が兵士というのではなくて、警官などになる場合もある。韓国は徴兵制、という言葉から受けるイメージとは、ちょっと違う。どうりで、ソウルの街には、やる気の無い若い警官が無駄に沢山居て、たいして仕事もせずにおしゃべりに夢中なわけだ。

それだけに、JSAの警備任務につく兵士は身体能力に優れ、英語も話せる最前線のスーパーエリート。精鋭部隊とされる第一歩兵師団所属の彼に先導されて、チェックポイントから両側が地雷原になったDMZを越え、JSAに入る。およそこの世の中で、人がスマホで写真を撮らない場所はそうは無いが、JSAでは撮影が厳しく制限される。というか、決められた場所を(ここから、この方角)決められた時間(しかも1分とか)撮ることしかできない。


クライマックスの軍事停戦委員会の本会議場の見学は、手荷物制限、服装制限、写真制限がかかって、行儀良く歩けとか、静かにしろとか、いろいろ注意事項がある。韓国側のビルから、本会議場の建屋を見ると、ニュース映像で見るまさにあの平屋の建物と、歩哨に立つ韓国軍兵士の光景。イメージと違って、韓国・北朝鮮ともに大きなビルが本体の建屋としてにらみ合っていて、その真ん中にポツンと会議室が建っている。

「敬意を払って行動しろ」という、いまいち抽象的なインストラクションに従って、二列縦隊で歩かされる。警備は南北で時間交代制なので、間近に北朝鮮兵を見ることはできないが、よく目をこらせば対岸のビルに兵士の姿を望むことはできる。初めて肉眼で見る北朝鮮兵だ。北朝鮮側から拳銃を構えているように見えるので、絶対に指をさすなと言われているのに、早速兵士を指さす命知らずのツアー客の女。ちょっとやめてもらえますかね。

河は流れて

Over the entanglement.

Photo: “Over the entanglement.” 2016. Hangang River, South Korea, Richo GR.

実際に行ってみるまで思い至らなかったのだが、朝鮮半島には河が流れている。それも、北から南に。河の流れは国境には関係ない。

北朝鮮を源流とする臨津江は、板門店のあるJSAのあたりを流れ、やがてソウルまで流れ下る漢江に合流する。

この長大な河岸をくまなく警備するというのは、物理的に言って相当に無理がある。それも、異民族ならばともかく、見た目も言語も同じなのだ。24時間365日、驚くべきコストだ。戦争というのはそんな金のかかる事を延々と続けることで、押井守が何かの本で戦争のコストについて「札束をくべて焚き火をするようなもの」と言っていた事を思い出す。

そのような冗長なことを、規律を持って何十年も続けることが、本当にできるのだろうか。河岸には、監視ポストと鉄条網が延々と張り巡らされている。警備兵の姿は、こちらからは見えない。昔は歩哨が襲われる事もあったという。この長大な国境から、夜陰に乗じて韓国に侵入するのは、素人目に見ても不可能では無いように思える。

皮肉なことに、立入が制限された河は、人の手に荒らされずに自然の景色をたたえ、鷺のような鳥の姿を遠くに認める。人の都合も、彼らには関係が無い。

韓食、干し鱈のスープ

Stockfish and tofu soup.

Photo: “Stockfish and tofu soup.” 2016. Seoul, South Korea, Apple iPhone 6S.

韓国には何度か行ったことがあって、というかこのページ自体を検索してみると、なんだかんだと結構行っている。

なんか飯が合わない、と2004年の僕は書いていて、辛いモノにウンザリしたようだ。1999年、初めての出張で浮かれていろいろ食べてたあげくに、キムチはもういらないとか書いてるあたりが、もはや微笑ましいレベル。

そして 2016年、今回は財閥系韓国企業に勤務経験のある、ちょっと韓国語も話せる友人のガイド付きでの訪韓となった。メインは、事態が混沌として行かれなくなる前に、かの JSA を見てみることなのだが、今回いろんな韓食を試してみた。実際、飯以外にやることがあんまり無いのが、このソウルという場所。


結論から言えば、ハングルが読める人が居ると、なんか選択肢が広がって、地元の人が行く安くてそこそこ清潔な食堂的な所で飯が食えて、割とリーズナブルで、個性のある味に出会えた。そんなに行きたい国評価が上がったわけじゃ無いけど、美味しいものもあんだね、と思った。

CSで観ることができる、「韓国人の食卓」という KBS の番組がある。チェ・ブラムという年輩のオッサンが、韓国各地の食を巡るのだが、基本、日帝時代とか、朝鮮戦争時代とか、戦後の貧しい頃の事とか、オモニの思い出とか、恐ろしくめんどくさい団塊世代韓国版みたいな要素を無理矢理毎回織り込んでくる。つまり、観る人が観るとある意味とても楽しめるタイプの番組で、僕も案内役の友人も楽しく観ている。

そしてこの朝、我々が向かったのは、まさにチェ某が好きそうな、干し鱈のスープというなんとも貧乏くさいというか、時代を感じるメニューの単品で勝負するお店。ソウルの中心部ではあるが、これは期待できる。韓国のある時代を感させる、いかにもな低層建築の外観、派手派手しいドアのフィルム。


たいして高い店でも無いので、意を決したりはせずに入ってみる。単品メニューなので注文の必要は無い。座ると勝手に一式出てくる。この国の突き出しで水キムチが出てくる謎オペレーションも、なんとなく慣れるものだ。これ、そんなに旨いとは思わないのだが、出てこないとなんとなくさみしく感じるものではある。

干し鱈のスープは、控えめに言っても、だいぶ旨かった。乾物から出た深いコクが、熱いスープに存分に融けている。鱈自体がそんなに沢山入っているわけでは無い、というのもむしろ良い。韓国料理らしく、スープ自体に塩味は付いておらず、テーブルにあるニラキムチやアミの塩辛を入れて味を付けていく。アミが甘い塩味を付け、ニラキムチは浅漬けで清涼感を添える。

スープはお代わり自由で、飯はそうでは無いらしい。メインの商品であるスープが食べ放題というのも凄いが、ご飯は有料なのは謎。スープをお代わりしている人は居たが、飯をお代わりする人は居なかったので真偽不明。日本だとなんか逆な気がするが、米が貴重とされた半島の歴史的背景から来るものだろうか。実際には、でかい丼よりもでかいお椀一杯のスープを飲んで、一緒に供されたご飯を食べたら、もう十分な量の朝食となった。さて、飯も食ったし江南でも行くか。