記念写真の撮り方

Photo: 夫婦猫 2008. Tokyo, Ricoh GR DIGITAL, GR LENS F2.4/28.

Photo: "夫婦猫" 2008. Tokyo, Ricoh GR DIGITAL, GR LENS F2.4/28.

そういえば、家の近くに大きな公園があったことを思い出して、久しぶりに一眼レフを取り出して、出かけてみる。

必要なものを少しだけ持って、小さい荷物で。それが、今までと少し違う。全部持って行くことはもうしない。途中の川の堤防には、三味線の習いをする若い男の姿があり、青く乾いた空にのどかな音を響かせていた。三線の調べに聞こえたのは、僕の願望が入っていたせいか。


急に暖かくなった日差しが、未だ冬の色をした芝生を照らしている。公園には沢山の人が居た。

池に浮かんでいる冬装束の鴨たちと、その上を舞う鴎。鴨や鵜は近くまで泳いでくる。足許によってきた大きな鯉は、鼻先を触らせてくれた。動物にはあ まり警戒されない質だが、魚介類にも当てはまるのだろうか。鳥も魚も、ここは誰も襲ってこない場所と知っているのだろう。ちょっとした聖域のような雰囲気 だ。

梅の花はもう咲ききってしまった木もあり、ほんの一つ二つが咲いているだけのものもあった。通路を塞がないように立って、ゆっくりと写真を撮る。花 を撮るのは、あまり得意ではない。というか、撮るべきものを決めて撮った写真なんて、面白くない。それでも、フィルムの臭いと動作音は、心には楽しく、僕 はゆっくり歩きながら進んでいく。途中、ちょっとした仏様の石像を木陰に見つけ、撮る。17世紀の石像。土門拳の写真集を見ていて、仏像を撮って何が面白 いんだ?と思っていたが、今はなんとなく分かる気がする。


大きな広場まで来たとき、ひときは大きな梅を目にした。どう撮ったものか、木の周りを歩いていると、孫を二人連れた初老の女性に声をかけられた。僕 とほぼ同じペースで、同じコースを歩いてきた三人組だ。中村玉緒ばりの渋い声が、けっこう気にはなっていた。本職の方に頼むのも申し訳ないんですけど、 と。それでも、何の気負いも無く使い捨てのフィルムカメラを差し出された。(オホホホホとは言わなかった)

本職。やっぱりそうなるかなぁ、と思いながら、丁度花が背にかかるような位置に立ってもらって、撮る。僕は、こういう時は、2枚撮ることにしている。ポーズを取らせるが早いか、はいっ、といきなり撮って、ええ?!っとなったところでもう一枚。まあ、それがうまく撮れていたのか、そうでもないのか は、僕にはまったく分からないことなのだけれど。姉と妹は、僕が返した使い捨てカメラで、鳩を撮って遊んでいる。少し風が出てくる。

公園を出て、そのまま家には戻らないで、どこかの駅に突き当たるまで、歩いてみようと思う。今日は、荷物が少ない。

俺レシピ バジルそうめんチャンプルー

Photo: バジルそうめんチャンプルー 2007. Ricoh GR DIGITAL, GR LENS F2.4/28.

Photo: “バジルそうめんチャンプルー” 2007. Ricoh GR DIGITAL, GR LENS F2.4/28.

バジルの葉が死にそうになっていたので(奴らは簡単に死ぬ)、どうしたものかと思う。パスタは品切れだ。そうめんはある。ツナ缶が冷蔵庫の上でふてくされている。

この面子から考えると、そうめんチャンプルーということになる。そうめんチャンプルーにバジルって合うのか?よく分からないので、早速やってみましょう。


バジルは適当に刻むか、ハサミで切っておくか、むしっておく(好きに選ぶ)。ペペロンチーノをつくる要領で、多めのオリーブオイルに、刻んで冷凍しておいたニンニクと(便利だ)、鷹の爪を放り込んで加熱。香りが良い感じになってきたら、そうめんチャンプルーの要領でツナ缶を放り込んで炒める。ツナ缶が入った時点で、やや貧しい感というか、日曜のお昼感というかが一気に出て良い。


あらかじめ固めに茹でてよく洗っておいた(「よく洗うこと!」と、かつて料理の師匠は私に言った)、そうめんをたたき込んでグルグル炒めて出来上がり。グルグルグルまでやると、そうめんがシナシナになるので注意。フォークでいただけばパスタだし、箸で食えばチャンプルー。

鉄のフライパンで炒めた方が美味しいように思う(そうめんはくっつくけど)。しかし、微妙に飯には合わないと思われる。(ということは、チャンプルーではないのかも)。

それでも

久しぶりの実家の風呂には、庭で取れた柚の実が、沢山浮いていた。湯船につかりながら、湯気に煙る薄暗い照明を眺める。

この一年あまりの時間は、僕にとってとてもつらい時間だった。ちゃんと何かを書くことも、できなかったし、意味のある何かを語ることも無かった。


いままでの人生の中で、僕に降りかかってきた、酷い物事の大半は、どちらかと言えば避けようのない運命のようなもので、それを耐えることには慣れていた。けれど、自分で選び取ったことと、それに対するいろいろな苦しさに立ち向かうことは、あるいは僕にとって初めてのことだったのかも知れない。

暗い夜は長く、探す物は未だ見つからない。途方に暮れている、といってもいいと思う。それでも人は、生きて行かなくてはならないし、そうした惨めな思いを恥じることはないのだろう。

この一年、あまり書かなかった。
それでも読みに来てくれて、ありがとう。