遠い太鼓

Photo: canali, 1995, CONTAX T2 Carl Zeiss T* Sonnar 2.8/38, Agfa.

Photo: "canali", 1995, CONTAX T2 Carl Zeiss T* Sonnar 2.8/38, Agfa.

風邪を引いた。まあ、連休の時はいつものことだ。

これで旅にでも出るなら、何となく治ってしまうのだけれど、そう都合の良い予定でもない。


6時ちょっと過ぎに目が覚める。いつもより、少し遅い。喉は石を詰めたように重く、頭がボウッとしている。外は、まあまあの天気で、一瞬つけたテレ ビはどれも目にうるさく、ネットラジオに切り替える。遙かソノマからIP網を通ったデジタル信号が、真空管を通り抜けて小さく響く。

風邪を引いたときは、あまり沢山食べない方が良いという。あり合わせのもので、少しだけ朝食をつくる。パンをオリーブ油で焼いて、その上に適当に具 を載せる。半分残ったアボカド、石井で妙に安く買ったピクルス、15分ゆでた卵、薄切りのトマト。いつもは使わないのだけれど、少しだけマヨネーズも。

思ったより大ぶりに出来てしまったサンドイッチを囓りながら、昨日届いた単行本の「遠い太鼓」をパラパラと拾い読みする。文庫版の「遠い太鼓」を、 僕はいつも旅に持って行った。荷造りをしていて、さて、何か本を入れようかと思うと、いつも「遠い太鼓」を入れていた。旅の途中で読むのに、旅行記ほどぴったりしたものは無いと、僕は思っている。2つの大陸と、幾つかの島々を僕と一緒に渡ってきた文庫は、とうに茶色く変色して、それでも奇跡的にまだ手元にある。


「遠い太鼓」の単行本が再版されたと知って、注文した。予想外だったのは、文庫版には一切無かった写真が何枚か載っていたこと。ミノコスのレジデンスの管理人であるヴァンゲリスの写真も載っていたし、魚を焼いたちょっと変わった形の七輪も載っていた。

当たり前のことだけれど、それらは僕が何年も頭の中で浮かべてきたイメージとは違っていた。ヴァンゲリスは思ったより大柄なマリオみたいなオヤジだったし、七輪はなんだか吹き出してしまいそうなカワイイ形をしていた。書いた言葉は、豊かに広がる。それが、旅行記のような極めて散文的なものであったとしても。僕はちょっと複雑な気持ちで、初めて対面する写真を眺めている。

注:「遠い太鼓」 村上春樹がノルウェイの森を書いていた頃に平行して書かれたイタリア・ギリシアを中心とした紀行。読んでいると焼き魚が食べたくなってくる。あと蛸。

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