久しぶりに乗った、ある個人タクシーの運転手と、ずっと話をする。都心の個人タクシーの運転手には珍しく、彼はグループに入らない、一匹狼だ。
「つるんでお客さんをまわしあうのは、嫌いなんです」
ちょっと変わってる。
決まったお客も取らないんだという。いつも、街を流している。
「いままで、ずっと乗って頂いたお客さんは 3人しかいないんです」
どうやら、僕は、その 3人目らしい。(でも、めったに乗らないけど)彼が乗せた数少ない「決まった人々」は、皆、出世したそうだ。残念ながら、いつも出世なんかしたくない、と言っている僕が乗ってしまうのはどうかな。
「あんまり偉くなってしまうと、運転手が付いちゃうんで、乗って頂けないんですけどね」
元々は自衛官をしていたらしい。年齢と、個人タクシーになるための資格制限を考えると、最短で個人になったぐらいだと思う。物腰は柔らかく、口ひげと洒落た眼鏡で、タクシーに乗っていなければ何かのショップのオーナーみたいに見える。
乗っている限られた時間、お互いが考えているいろんなことを話す。年齢も、職業も、バックグラウンドも、なにもかもが違う、その時間だけの関係。
「日本は、どんどん悪い方向に行っているような気がするんです」
「そうですね、そう思います」
どちらが言い出した訳でもないが、なんとなく息の詰まるような、嫌な世相。景気が悪い、とかそういうんではなくて、もっと不自由で、不幸な時代の予感。そんな空気への認識を、ふと共感したりもする。
そういえば、出会ってしばらくたった頃、
「学生相手のね、定食屋をやりたいんですよ」
なんてことを言っていた。人にご飯を作って食べさせるのは、確かに、幸せそうな仕事だと思う。(大変だろうけど)盛りのいい、学生向けの定食屋。良さそうだ。それなら僕にも考えがある。
と言うと、妙に喜んだ。
「やっぱり、xx さんはちょっと変わってますよ」
あんたに言われたかぁないが。