蛇の毒

蛇の毒は、単に餌を得るための道具にすぎないという。

つまり、蛇の毒は本来攻撃のためにあるのではないし、蛇は攻撃のために生まれてきた動物でもないのである。人間側の勝手なイメージが、蛇を攻撃的で 致死的な動物だと決め付けている。大半の蛇は、人間なんて食べないので、人間相手に毒を使いたくはない。しかし、人間は蛇の致死的な能力に怯え、蛇を捕獲 し、殺そうとする。であれば、彼らも、その致死の液体を戦いに使わなければならなくなる。彼らは、本当は食事のネズミを獲りたいだけなのに。

別に蛇の話しがしたいのではない。人の話しをする。


人は、自分には理解できないこと、力の及ばないことをする他人を恐れる。ありていに言えば、自分には無い能力を持っていたり、自分の立場を脅かすよ うな力を感じさせる他人に不安感や不快感を持ち、それを排除しようとする。クラブで足の速いヤツ、クラスで偏差値の高いヤツ、ゼミで弁の立つヤツ、バイト でお客に評判のいいヤツ。自分の能力と、相手との差。それは、やっかみとともに、恐怖を呼ぶ。そして恐怖は、理由無き攻撃を生む。

直接殴り合ったり、剣で雌雄を決することがなくなった現代、人と人との戦いは、知恵を絞った策謀の仕掛けあい、あるいは、卑劣さ比べになる。人の知恵は、蛇の毒と同じように、本来は攻撃のためにあるのではない。しかし、そのように使う事だってできる。

冷静に考えれば、足の速いヤツは、試合で勝つことが目的だ。偏差値の高いヤツは、良い大学、お客に評判が良いヤツは給料か、仕事への情熱か。いずれにしても、他人を負かすことが目的では全くないはずだ。しかし、それが怖く見える。その牙が、自分に向くことを恐れる。

恐怖が、人の目を曇らせ、冷静さと分別を奪い、無意味な争いと足の引っ張り合いを生む。

蛇は、生命を脅かされたと感じれば攻撃してくるが、それ以外では極めて安全な動物だ。彼らは優秀なハンターであり、ネズミなどを捕食して、結果として人間の育てる穀物なども守る。理解しあうことは難しくとも、お互いにお互いの役割というものがあるのだ。

人と人も同じこと。蛇を殺すのは愚か者のすることだ。

売れないピザ屋

近くの駅に、ピザ屋ができた。

駅は、都心から離れているせいで、構内がやたらと広い。駅ビルのエントランスは、6階までの吹き抜けになっていて、クリスマスには、15メートルぐらいあるクリスマスツリーが、春には、桜の巨木が、まるごと飾られる。

改札口の周囲も、やはり相当に広い。駅が改築されてすぐは、がらんとした何もない空間が広がるだけだったが、いつの間にか売店やら、マクドナルドやらが出来始めた。そのうち、小さなコンビニとか、アクセサリーや化粧品などの雑貨を売る店も登場した。

しまいには、ちょっとしたカフェができた。なぜカフェかというと、駅の中なのにオープンテラスがあるからだ。数量限定のスペシャルメニューもやっているし、エスプレッソも出す。ここまでやれば、いくら駅構内にあるとはいってもカフェと呼ぶしかあるまい。

ほとんど、改札前商店街。

商店街に新しい店が出来ると、開店の初日はなんとなく面白い。朝、会社に行きがけに見ると、真新しい店が、まさに営業を始めようとしている。神妙な 顔をした、一目で関係者と分かるオジサン達が、遠巻きにしながら店の様子を窺がっている。ピリピリした店員が待ち構える、ちょっと異様な雰囲気の店に、そ れでも徐々に人が入り始める。オジサン達は、ひそひそ話しながら、心配そうに店の様子を見ている。

それから数時間、僕が会社から帰ってくる頃には、店は昔からあったかのように、普通に動き始めている。そうやって、新しい店が、風景の一部になっていく。


さて、その改札前商店街の一角に、突然、ピザ屋ができた。ピザ屋といっても、持ち帰りだけの小さな店だ。

店の大きさは、ほんの数平米。これ以上はこじんまり出来ないだろう、というぐらいこじんまりした店。しかし、いちおうオーブンというか釜というか、 そんなものはある。値段は、市価の半値ぐらいで、フルサイズのピザが1,000円からの値段で買える。宅配サービスや、食べるスペースを省いてあるから、 その値段で出せるのだろう。

店員はたいてい、バイト(多分)の女の子が2人。1人が焼きで、1人が呼び込みだ。周囲には、いつもピザの焼きあがる香ばしい匂いがしていて、美味しそうだ。メニューも、何種類かあって、1人でつまめるミニサイズのピザも用意している。

しかし、僕は、客を見たことがない。

別に、不味そうではぜんぜんない。しかし、誰も買わない。僕は、誰も取らないチラシ配りとか、人気の無いストリートミュージシャンとか、有権者が集 まらない選挙カーとか、そういうものに同情してしまう性質だ。同情というのが言いすぎなら、関心を持ってしまうと言っても良い。それだけに、この客の無さ 加減が、なんとも興味を惹く。なんで客がいないんだろう。

実は、何度か買おうと思ったことはある。しかし、その度に困るのは、買うべき理由が思いつかないこと。僕には、そこでピザを買う理由が何も無いの だ。アツアツをテイクアウトしても、駅から僕の家までは、ピザが冷めるに十分な距離がある。でも買ってみたい。僕が好奇心に負けるのが先か、その店が潰れ るのが先か。どっちが早いだろう。

僕が住む街には、売れないピザ屋があるのだ。

Y2Kの残したもの

一部で好評の「Y2K現状報告のコーナー」、こんにちは、羊ページです。

全社を挙げたY2K対策は、空振りに終わりそう。と思ったら、Y2Kそのものではなく、Y2Kへの準備がもたらした不幸な事件が2つ。


その1。

僕の隣の席のコンサルタントが、新年、爽やかに自分のPCの電源を投入したところ、いきなりマシンが沈黙してしまった。ハードディスクが回らない。

Y2Kもあることだし、ということで、年末に、普段は絶対に落とさないマシンの電源を落として帰ったが、結局、マシンは二度と立ち上がらなかった。 同僚のエンジニアの「あっためてみればー」というアドバイスにすがったものの、やはりダメ。ファイルが救えないと分かったその人は、潤んだ目でカラカラと 笑っていた。

全てを失ったその人曰く、「ハードディスクの死を前にして、人は無力だ」。ただ、全てを消去してしまうと、「ある種のサッパリ感がある」らしい。なんか、分かる気がする。


その2。

Y2Kの原因を作ったのは人間、対策を行うのも人間。人間は、飯を食う。

Y2Kの非常時に備えて、僕の会社でも水とか、カップラーメンとか、紐を引くと暖まるカレーなどの食糧が用意された。それらの出番は、結局は無く、 Y2K対応が暇で暇で仕方の無いスタッフが、暇つぶしに消費することになった。ただ、あまり積極的に食べたいものでもないので、減りは鈍い。まあ、もとも とが非常食なのでほって置いて腐ることはないからいいが。

しかし、なんか路線の違うものを用意した会社もあったようだ。

Y2Kに備えて何を買うべきか考えた担当者は、まずは、お正月を会社で祝うためのものが必要だと判断。とりあえず、おせち料理や、新年を祝うシャン パンを注文。更に、スタッフの意見を聞いて、ビールとポテトチップス、ビーフジャーキーも用意した。しかし、それだけでは、なんとなく心許ない。もしもの 時には、もうちょっとスパルタンなものが必要だ。そこで、みかんとバナナを大量に注文。これなら、おやつにもなるし、非常時には食事にもなってバッチリ ね、と考えたらしい。

みかんとバナナ。登山じゃないんだから、、。

結局、Y2Kによる非常事態は何も起こらず、ダンボール箱一杯のバナナだけが残された。オフィスには、バナナが熟し、やがて腐ってゆく臭いがたちこめつつあるらしい。バナナは腐る寸前が一番美味しいらしいけどね。


その2は、羊ページの読者の方から聞いた話しだ。それが、あまりにも面白かったので、Y2Kのスタッフに話したら、受けた。

そこで、皆で大笑いして楽しかった、とその人にメールを出したら、「担当者はワタシです。みかんとバナナは笑うところではない(怒)」との返事が、、。

注1:昔のハードディスクは、湿度が高かったりするとベアリングのグリスが固まってしまい、動作しなくなることがあったらしい。
注2:ファイルの大半は、ファイルサーバにあったものの、最近つくった分は、ダメだったそうだ。ハードディスクは、ある確率で壊れるものなので、その前提で使わないといけない。回っているものは、いつか止まるのだ。しかし、医者の不養生とはよく言ったもの。
注3:その2の掲載にあたっては、事前に「担当者」の方からネタに使ってよい旨、了解を得ています。