祇園精舎に鐘はなく

Photo: “Near from Rengeoin Sanjusangendo.”

Photo: “Near from Rengeoin Sanjusangendo.” 2002. Kyoto, Japan, Contax RX, Carl Zeiss Vario-Sonnar T* 35-135mm/F3.3-4.5(MM), Fuji RHP III.

実際には、祇園精舎に鐘と呼べるようなものはなく、そこに沙羅双樹も生えてはいなかったそうだが、そんな無粋なことはともかく、平家物語はちゃんと見ている。


結末は決まっていたとしても、今は、違う。

そういうテーマは、今のタイミングで凄く来る。僕たちの大方の人生も、結末は決まっているとして、今には無限のバリエーションがあって然るべきなのだ。

そういえば、タイトル曲を歌っている羊文学というのは、どういう人達なのだろう?

コーヒーが突然飲める日

Photo: "Wall fracture."

Photo: “Wall fracture.” 2021. Tokyo, Japan, Fujifilm X-Pro2, Fujifilm M Mount Adaptor + Carl Zeiss Biogon T*2,8/28 ZM, ACROS+Ye filter

YouTubeで、スタバのナイトロのコーヒーを頼む動画を見ていて、突然コーヒーが飲みたくなった。今の自分には、飲める確信があった。

読者の中には知っている人も結構居ると思うが、僕はコーヒーがとても嫌いだ。


それは、自分の父親の思い出と繋がる匂いであり、イメージであり、それが僕をコーヒーから遠ざけていたのだという事に、突然に気がついた。ロスアンジェルスで、ボディービルダーがジムの近所のスタバで、ナイトロ・コールドブリュー・コーヒーを4つオーダーしている、その光景を見ていた時に(念のために言っておくと僕はボディービルの趣味は無い)、それがいきなり理解されたのだった。

シミのついた角張った銀色のサイフォン、絞ったコーヒーの絞りかす、その匂い。スタンドに乗った殻付きの半熟卵、ばさばさのトースト。そんなイメージの連鎖なのだ。そういう思い出の蓋のような匂い、それが自分にとってのコーヒーなのだと、その関係性を突然全て了解した。

そういう妙な瞬間というのが、多分人生には何回か有ると思う。


近所のスーパーでドリップパックのコーヒーを買ってみる。何を買ったら良いのかさっぱり分からないので、何かのBlogのベストテンを参考に選んだ。煎れ方の知識は全くないから、説明書きを丁寧にフォローして湯を注ぐ。そして、確信の通り、普通に飲める。

湯気の向こうに、河を上り下りするタグボートを眺めながら、気分は良かった。

 

世界を知る、まくら

Photo: “Tight sheet.”

Photo: “Tight sheet.” 2015. international waters, Apple iPhone 5S.

ネックピローというのがある。座ったまま寝なければいけないような時、飛行機とか、そういうもので使うアレだ。

膨らませるタイプもあるし、ビーズやクッション材が詰まっているのもある。切り込みのあるドーナツみたいな形をしていて、たまに、バックパックやスーツケースにぶら下げている人が居る。

うちにも、1つある。仮に”しま”としておこう。シマシマだからだ。


まだ、海外出張があった頃、特に冬場の飛行機がつらくて仕方なかった。僕は数年来、冬場の首の痛みに悩まされてきた。普段の生活でもつらいし、まして、いかに断熱されているとはいっても、零下数十度の中を飛ぶ飛行機の、隔壁からしんしんと伝わってくる冷気は、恐怖ですらあった。降機する頃には首はガチガチ。なんとか楽に過ごす方法は無いのか。

だから、成田のユニクロかどこかで、飛行機に乗る前に衝動的に買ったのだ。以来、バックパックにぶら下げて、いろんな国に行った。首の痛みが劇的に良くなるか、というとそうではなかった気がするが、安心感はだいぶ違ったのだ。


今は、カブトムシのお陰で、冬場に悩まされていた首の痛みは無くなった。旅に、”しま”を連れて行く必要も無くなった。だから、”しま”は引退した。

幸い、荷物としてロストされる事も無く、破けることも無く、無事に冒険の日々を終えた。

中身はビーズだから、全然へたらないで、今は、他のクッションに混じって余生を送っている。他のヤツらがせいぜい工場と、倉庫と、家のベランダぐらいしか知らないのに、”しま”だけは、世界を知っているのだ。