残暑のちゃんこ鍋

Photo: 残暑のちゃんこ鍋 2004. Contax Tvs Digital, Carl Zeiss Vario Sonnar T* F2.8-4.8/35mm-105.
Photo: "残暑のちゃんこ鍋" 2004. Contax Tvs Digital, Carl Zeiss Vario Sonnar T* F2.8-4.8/35mm-105.

相撲マニアのフィンランド人マキネン(仮名)は、ちゃんこ鍋を食べたくて仕方ないらしい。ちゃんこだちゃんこだと言う。前回来日した時には、「どこ でもいい」と言うから焼き肉に連れて行って生肉を食わしたので、内心懲りたのかもしれない。まあ、そこまで言うならちゃんこに連れて行ってあげるか、とい うことになる。しかし、残暑厳しいこの季節に鍋か?

小汗すらかきながら店にたどり着くと、客は 2組ほど。人気の店と(ネットで)評判だったので予約していったが、そんなものは必要なし。案内しておいてなんだが、ちゃんこ鍋って食べたことないんだよ な。せがまれて名物料理に行ったはいいけど、案内した当人は食べたことが無いって、割とありがちだと思う。相撲だって観たことないし、ちゃんこも喰ったこ とないし、だいたいそんなもんでしょ。


この店のちゃんこ鍋は金属製の浅めの鍋に、白みそ仕立て。エノキ、鶏団子、油揚げ、などなど。ちゃんこ鍋ってどういう意味かと聞かれて、鍋は hot pot だと誤魔化したが(chanko pan が正しい?)ちゃんこの意味が分からない。お店の人に聞いてみたら、ちゃんは親方、こは弟子の意味なんだそうだ。そうか、「ちゃん」ってあの大五郎が叫ん でる言葉か。

マキネンは、スィイタケ、スィイタケと言いながら、エノキダケを喰っている。mushroom のことを、椎茸と覚えているのかもしれない。放置しておく。喜んで食べている彼の顔を微妙な表情で見ている我々に気付いて

「ちゃんこ好きじゃないの?」

と言うが、いや、そういうことではなくて、普通、この時期に鍋は食わない。見ろ、店はガラガラじゃねーか、という話だ。ちゃんこ鍋自体は、少し塩味 が強い気がするが普通に美味しい。でも、なんか冷房をめちゃくちゃ効かせた中で鍋を食べるというのも、ありがたみが無い。それよりは、前菜で出てきた、鰹 のタタキが美味しかった。ネギとポン酢が容赦なくまぶされていて、ポン酢マニアにはたまらん。

それにしても、量が多くて、前菜は2人前、ちゃんこは 3人前を 4人でシェアしたのだが、もういらん。最後のウドンは、2人前で鍋が溢れる感じ。マキネンに「そんなことでは横綱にはなれんぞ」とはっぱをかけて、喰わすもののまるで減らなかった。さすが、ちゃんこ鍋だ。


注:AF 機泣かせの湯気が立つ鍋。うまくなさそうに撮れているが、実際、うまくなさそうな見た目だった。(うまいんだが)
注:ちゃんこ鍋の語源は諸説あるようです。広辞苑ではちょっと違います。
ちゃんこ‐りょうり【ちゃんこ料理】(「ちゃんこ」は「おっさん」などの意で相撲部屋の料理人) 力士社会独特の手料理。多くは魚・肉・野菜などをごった煮にし、ちり鍋風にして食べる。栄養価が高い。ちゃんこなべ。[株式会社岩波書店 広辞苑第五版]

お詫びのディナー

Photo: カレーと焼きそば 2004. Sony Cyber-shot U10, 5mm(33mm)/F2.8
Photo: "カレーと焼きそば" 2004. Sony Cyber-shot U10, 5mm(33mm)/F2.8

一連の騒ぎで、入港は 3時間遅れた。日没は近いが、いっこうに着かない。宿も決まっていない。「船長のお詫びのディナーは無いのか?」と冗談で言っていると、無償の晩ご飯が出ると言うアナウンス。そんな話をしていたタイミングだったので、凄い勢いで食堂に行く。

カレーと焼きそばが出た。ちゃんとレタスのサラダも付いている。具とかはあんまりなかったけれど、僕の好きなチープな味の焼きそばだったし、緊張感の続いた後で夕日を見ながら食べると、美味に感じた。なんかタダで食べるのも申し訳ないので、せめてビールを買って飲む。

乗る前は、フェリーって「船酔いするんじゃないか?」と思って恐かったのだが、そんなことは全くなかった。乗船後、最初はこわごわビールを飲んでみたが、気分は悪くならない。しまいには、売店で売られていた黒霧島(焼酎)を飲んでみたりしたが、大丈夫だった。


そういえば、一連の転落・救出・ヘリ来る、その大騒ぎを通して、デッキで寝ながら日焼けを続けていた人が居る。

死んでるんじゃないか?と思うほど、動かないのだが、ちゃんと寝返りは打っていた。いつの間にか誰言うともなく、「猛者」という名前がついていた。夕方太陽が沈んで、ふと不安になって(死んでんじゃないか?)見にいくと、猛者はちゃんといなくなっていた。

この猛者に限らず、転落事故で停船したことにブチ切れるトラックドライバーやら、全身彫り物が施されたお父さんと子供たちとか、なんか普段はあまり お目にかからない感じのお客さんが一杯。そんな人たちが、狭い(といっても全長 170メートル以上あるんだが)船の中でまる 1日の人生をシェアする。飛行機で行けばものの 1時間のこの距離を、ゆっくり進むフェリーって面白いかもしれない。


宮崎港に入ったのは 9時過ぎで、もう日もすっかり暮れてあたりは真っ暗だ。

「このような旅ばかりではありませんので、是非またフェリーをご利用下さい」

という船長のアナウンスが印象的だった。言われなくても、帰りもフェリーなんだよね、、。

海と死

Photo:危険を冒して、救助艇を降ろす。 2004. Japan, Contax RX, Carl Zeiss Vario-Sonnar T* 35-135mm/F3.3-4.5(MM), Kodak EB-3
Photo:”危険を冒して、救助艇を降ろす。” 2004. Japan, Contax RX, Carl Zeiss Vario-Sonnar T* 35-135mm/F3.3-4.5(MM), Kodak EB-3

僕らが乗った船では、船橋を艦長に案内してもらえるというサービスがあった。テロうんぬんで、くだらない規制をしたがる今の状況の中では、とても素晴らしい企画だと思う。事故は、そのさなかに起こった。

「落ちたっ!」

艦橋で船長の話を聞いていると、たまたま右舷を覗いていたお客が叫んだ。船から、人が落ちたのだ。(※フェリーの安全性という部分で、誤解が無いようにあえて正確に書いておく。自分で安全柵を乗り越えたのだ)

「はやく出て、出て下さい」という船長の声を背中に、どっと階段を下りる。指示をする船長の顔は、さっきまで馬鹿話をしていたおっさんから、プロの顔に変わっている。甲板に出ると、もう船は減速してターンを始めている。惰性のついた船はそう簡単にはとまらない。しかも、舵で方向を変えるので、その場で停まるのではなくて、進みながらうまくターンしなくてはならない。船の航跡はみるみる消えていく。冷静な操舵で、船は180度ターンして、落下地点に戻る。


30分、デッキに出て海面を皆で睨むが、素人には波頭と物体の区別がつかない。藁の中から針を探す、という言い回しの意味が分かる。沢山の乗客が甲板に出て、海面を睨んでいるが見つからない。

あとで聞いた話では、船から落ちたら「ほぼ、見つからない」はずなのだが、今回は見つかった。プロの船乗りの目は、外海の速い海流に流された転落者の姿を見つけた。潮が速く、僕たちが素人が思っていたのとは逆の方向だ。浮き輪が投げられて、救助艇が降ろされる。はたで見ていると救助艇と転落者の間はとても近く、そして無限に遠く見える。人の命が左右されている現場が目の前で突然展開する。

海中から助けられたまでは、感動の救助劇で良かったが、戻ってきた救助艇の様子はあまりかんばしいものではなかった。ファインダーを覗きながら、力の抜けた土気色の体に予感はあり、シャッターを切るべきか、迷った。人の死を撮ったことは無いのだ。よくシャッターが切れなかった、という話は聞く。結局、僕は極淡々と撮った。レリーズの重さは、いつもと同じだった。載せられなかったカットには、人の生き死にの瞬間が写っていた。例えば報道のカメラマンな ら、この嫌な興奮にも似た気分にさえ、やがて慣れるのだろうと思う。装填したフィルムを使い果たす頃には、救助は終わっていた。


「良い天気なのに、、」

底抜けに明るい外洋の真っ昼間。綺麗な青い海に、飛び込んだのか。「海が呼ぶことがあるんですよ」海のある街で育った後輩に、後からそんな話を聞いた。医者を捜す船内放送が流れ、毛布が用意される。数十分、海保のヘリが救助にやってくる。ヘリも撮ろうと思ったが、そのヘリに向けて携帯のカメラをかざしている何人もの人たちを見て、なんだか一気に覚めてしまった。

それにしても、今回の旅は、のっけから凄い展開だな、、。


注:プライバシーについては十分配慮して書いていますが、問題ありましたらご連絡下さい。