オキちゃん 2023

Photo: “Dolphin Show.”
Photo: “Dolphin Show.” 2023. Okinawa, Japan, Apple iPhone 14 Pro Max.

「美ら海水族館は行った事ある?」

「いや、ないですね、初めて」

それはそうだ。21世紀に入って、沖縄には出張でしか来ていないのだから、水族館には行けない。行けなくも無いが、行った事は無いのだ。純粋な旅行として初めて沖縄に来て、地元民のアドバイスに従って近くのコンビニで割引チケットを買い(これはお得な情報だった)、初めて美ら海水族館のゲートを潜る。初めての筈だ。初めてなのか?

来たことは無いはず、しかし、来たことがあるような気がする。なんだろう?この既視感と、何にも見覚えの無い感じ。


イルカショーを宣伝する立て看板の「オキちゃん」という単語を目にしたときに、突然いろいろなものがつながる。僕は、オキちゃんを知っている。オキちゃんショーを見たことがある。しかし、この神殿のようなテーマパーク然とした美ら海水族館の建物も、舞浜のあのリゾート施設のようなエントランスも、何もかもがまったく記憶にない。どういう事だ?

このオキちゃんは、記憶にあるオキちゃんなのか?しかし、あのオキちゃんに僕が会ったのは、もう25年も前の話ではないか。イルカはそんなに長生きするのか?

実際、オキちゃんは25年前に見たオキちゃんだった。僕は別の世界線を生きていたわけではなく、オキちゃんは日本で飼育されている中では最長寿のイルカとして、いまだ元気なのだった。そして美ら海水族館は、国営沖縄記念公園(通称:海洋公園)の中の一施設。どうりで、見覚えがないが、来たことはあるわけだ。1995年には、既にそこに海洋公園があり、オキちゃんが居て、その後2002年に美ら海水族館が建設されるのだ。


1995年、僕は校外実習で沖縄に行き、ギチギチのスケジュールに嫌気が差して、息抜きとして皆で海洋公園に行った。そして、若かりしオキちゃんのショーを見た。オキちゃんは、その時からスターとして高くジャンプしていた。知らないはずなのに、知っている。見覚えの無い場所なのに、知っているイルカがいる。そういう午後。

向島百花園、再び

Photo: "A pond."
Photo: “A pond.” 2025. Tokyo, Japan, Fujifilm X-Pro2, Fujifilm M Mount Adaptor + Carl Zeiss Biogon T*2,8/28 ZM

「虫が多いから、最近はあまり来てないのよ」

ベンチに座る僕の前を、そんな会話をしながら家族連れが通り過ぎていく。そうだろうか。夏の盛りに比べれば、格段に蚊は居ないし、得体の知れない羽音もしない。鳥の声が秋の空に、鋭く響いている。

今の季節は、雪虫のような、ふわふわとした小さな羽虫が、庭園中の大気を漂っている。光にその羽が雪の結晶のように反射して、命が満ちている気がする。

多分、その中を歩くだけで、いくらかを潰してしまったりするのだろう。命の楽園というわけではない、競争と、淘汰と、運不運、そんな感じだ。


向島百花園は、九庭園の中では毛色が変わっていて、大名やら財閥やらが作った他のThe様式美みたいな庭ではない。多様な四季の植物が、細かく、様々に植わっていて、自然の諸相がより明確に見て取れる。どの柵の内側にも、いろいろな層の植生と、虫と、そういうものが満ちている。命の密度は、九庭園の中でも、ここはダントツだと思う。

ベンチに座って、亀戸で買ったパサパサしたカツサンドを食べている。頭の上を風が渡ると、葉が落ちる音がする。ここはそれなりに都心だから、全くもって静かな場所ではない。鳥や葉の音にかぶせて、直ぐ横を走る明治通りから、街の音が聞こえてくる。が、ここではあまり不愉快には思われないな。

楽園再訪

Photo: "Paradise."
Photo: “Paradise.” 2025. China town, Kanagawa, Japan, Fujifilm X-Pro2, Fujifilm M Mount Adaptor + Carl Zeiss Biogon T*2,8/28 ZM

すっかり様子の変わった横浜中華街で、流行廃りの今風の店に挟まれて、楽園は変わらずに営業していた。10年以上前に来ていた時の女将が、変わらずに入り口にしゃんと座っている。

品物は、昨今の食べ放題中華のような激安では無い。しかし、ちゃんとした材料を使った料理が出てくる。以前来たときも観光客はおらず、地元の人達と思しき作業服姿の団体が、ちょっとした宴会をしていた。


今は週末の昼前だが、店は空いている。外は、浮かれた観光客でごった返しているが、店内はいつものように静かだ。鰻の寝床の細長い店内は相変わらず。十年一昔。とはよく言ったものだ。

頼むものはもう決まっていた。モツの生姜和えは、相変わらずの白い美しさ、癖のなさ。塩味は?こんなに強かっただろうか。料理人が歳をとったか、僕の味覚が変わったか。それと牛肉の煮込みが載った焼きそばをとった。量は少し多すぎる気がしたけれど、そうそう訪れる事も無いと思うと頼みたかった。

食べ終わる頃に、予約の団体がどっと入ってくる。古なじみの客が、大事な会食に使う、相変わらずのお店だった。