ケーススタディー

講演の内容として「ケーススタディーを話してください」と、よく言われる。セミナーでは、ケーススタディーの受けが良いのだ。でも、そういうものにどれ程の意味が有るだろうか。世界は、ケーススタディーに現れるようなもので、支えられているのだろうか。僕は、世界を支えているのはケーススタディーに出るような最先端、ではないと思っている。

借りパクされるパルスオキシメータとか、何年もデザインの変わらない鉗子とか、多くの人が諳でオプションを使えるlsコマンドとか、そういうものが実際には世界を支ていると思う。普通の日常を支える、当たり前すぎて存在さえ認知されないモノ達が、世界を支えている。


それらは歴史には、ほとんど残らないだろう。僕も含めて、そういう歴史に残らないものが、歴史を作っている。

ユニバーサルデザインを無視する世界を良くしたい雑誌Wired

今のWiredは一言で言えば、上流階級の憂鬱みたいなものを書いている雑誌なのだろう。衣食足りて礼節を知る。これは、明日の食事に困っている人が買う雑誌ではない。テックの業界で職に困った人が、買う雑誌でも多分無い。では、いったい誰がこれを買っているのだろうか?ふと、不思議になる。出稿されている広告を見ると、更によく分からなくなる。

でも、我慢して読んだ方が良いとも思っている。放っておくと自分が買わないのは目に見えているので、定期購読にした。今や、Web草創期の皆に平等に知識を、みたいな時代は残念ながらとっくに終わってしまって、啓蒙して世界を前に進めようというよりも、分かっている人達だけで先に行こう、みたいな事になってしまっている。だから、食べにくても、ある程度食べておかないと置いていかれてしまう。

テックが、そういう知識の分断を先鋭化している。そんな分断は、昔からあったのだろうか?Internetがその始まりだったのだろうか。幾多のSFが描いてきたディストピアが、やはり、実現してしまうのだろうか?

万年筆、再び

お礼状、という仕来りが世間にはあるそうだ。アシスタントが、名前の部分だけを空欄にして、端正に印刷された礼状を机に並べる。

「こちらに、お名前をお願いします。」

「万年筆とか無いんですけど、ボールペンでいいですかね。。」

「、、いいと思います。。」

まぁ、良くは無いのだろう。だが、持っていないものは仕方ない。書き損じを考慮して、練習用の紙も用意されているのは助かる。手書き文字なんて、ちょっとした走り書きしかしないのだ。

言うまでも無く、僕は中学の時から、文章を書くのは基本的にキーボードを使ってきた。そういう時代が来ると思ったから、どちらかと言えば、努力してキーボードを使うようにしてきたし、Palmの時代から、記録はガジェットに入れるようにしてきた。

それが、手書きのぬくもりだの、メモの大事さだの、改めての手書き礼賛みたいなのはどうなんだ。万年筆はずいぶん昔に1本買ったのだけれど、案の定使い道も無く、インクが固まって、どこかにやってしまった。


しかし、今回の件でさすがに反省して、もう署名だけの用途と割り切り、万年筆を物色。一瞬、YouTubeのレコメンドが文具チャンネルだらけになる。とはいえ、文具愛好家界隈のようなキモチにはどうしてもなれないので、必然的に何か一ひねりあるものを探す。

結局パイロットが出している、キャップレスのノック式万年筆、というものにしてみた。キャップがいらない、というのは画期的。一見するとボールペンみたいで、ロープロファイルというか、全然高価そうに見えないのもいい。ちょっとだけ青っぽい色のインク「月夜」を、もう見栄を張らずにカートリッジで買ってしまう。

日本の文具の技術は世界最高水準、とはいえ、ほんの一週間程使わないだけでペン先は乾いてしまう。インクも思わぬタイミングで切れる。しかし、元が不便なものだと割り切って常用を諦めれば、そんなに悪くない。それに、落書きの楽しさというのに目覚めた。そう、電子的なものでは、なかなかできないのが、落書き。マウスでは落書きは出来ないし、タブレットを用意して落書きをするというのちょっと違うのだ。