コーヒーが突然飲める日

Photo: "Wall fracture."

Photo: “Wall fracture.” 2021. Tokyo, Japan, Fujifilm X-Pro2, Fujifilm M Mount Adaptor + Carl Zeiss Biogon T*2,8/28 ZM, ACROS+Ye filter

YouTubeで、スタバのナイトロのコーヒーを頼む動画を見ていて、突然コーヒーが飲みたくなった。今の自分には、飲める確信があった。

読者の中には知っている人も結構居ると思うが、僕はコーヒーがとても嫌いだ。


それは、自分の父親の思い出と繋がる匂いであり、イメージであり、それが僕をコーヒーから遠ざけていたのだという事に、突然に気がついた。ロスアンジェルスで、ボディービルダーがジムの近所のスタバで、ナイトロ・コールドブリュー・コーヒーを4つオーダーしている、その光景を見ていた時に(念のために言っておくと僕はボディービルの趣味は無い)、それがいきなり理解されたのだった。

シミのついた角張った銀色のサイフォン、絞ったコーヒーの絞りかす、その匂い。スタンドに乗った殻付きの半熟卵、ばさばさのトースト。そんなイメージの連鎖なのだ。そういう思い出の蓋のような匂い、それが自分にとってのコーヒーなのだと、その関係性を突然全て了解した。

そういう妙な瞬間というのが、多分人生には何回か有ると思う。


近所のスーパーでドリップパックのコーヒーを買ってみる。何を買ったら良いのかさっぱり分からないので、何かのBlogのベストテンを参考に選んだ。煎れ方の知識は全くないから、説明書きを丁寧にフォローして湯を注ぐ。そして、確信の通り、普通に飲める。

湯気の向こうに、河を上り下りするタグボートを眺めながら、気分は良かった。

 

世界を知る、まくら

Photo: “Tight sheet.”

Photo: “Tight sheet.” 2015. international waters, Apple iPhone 5S.

ネックピローというのがある。座ったまま寝なければいけないような時、飛行機とか、そういうもので使うアレだ。

膨らませるタイプもあるし、ビーズやクッション材が詰まっているのもある。切り込みのあるドーナツみたいな形をしていて、たまに、バックパックやスーツケースにぶら下げている人が居る。

うちにも、1つある。仮に”しま”としておこう。シマシマだからだ。


まだ、海外出張があった頃、特に冬場の飛行機がつらくて仕方なかった。僕は数年来、冬場の首の痛みに悩まされてきた。普段の生活でもつらいし、まして、いかに断熱されているとはいっても、零下数十度の中を飛ぶ飛行機の、隔壁からしんしんと伝わってくる冷気は、恐怖ですらあった。降機する頃には首はガチガチ。なんとか楽に過ごす方法は無いのか。

だから、成田のユニクロかどこかで、飛行機に乗る前に衝動的に買ったのだ。以来、バックパックにぶら下げて、いろんな国に行った。首の痛みが劇的に良くなるか、というとそうではなかった気がするが、安心感はだいぶ違ったのだ。


今は、カブトムシのお陰で、冬場に悩まされていた首の痛みは無くなった。旅に、”しま”を連れて行く必要も無くなった。だから、”しま”は引退した。

幸い、荷物としてロストされる事も無く、破けることも無く、無事に冒険の日々を終えた。

中身はビーズだから、全然へたらないで、今は、他のクッションに混じって余生を送っている。他のヤツらがせいぜい工場と、倉庫と、家のベランダぐらいしか知らないのに、”しま”だけは、世界を知っているのだ。

カタツムリファンの復活

Photo: “A snail fan.”

Photo: “A snail fan.” 2021. Tokyo, Japan, Apple iPhone XS max.

引越の際に、処分に迷ったものを段ボールに放り込んでおいた。荷物も片付いて、いよいよ、その「迷ったモノ達」に手を付ける段階になった。


取り出したのは、カタツムリのような形をしたファン。冷蔵庫の上に置いてあったので、油分を含んだ埃を被っている。これは、今はもう居ない、あの人にもらったものだ。

「いやぁ、使わないなら捨てちゃって良いよ。」

唐突にこのカタツムリを貰って、困惑した(僕は困惑という感情については顔に出る方だ。)表情を見て取ったのだろう。
「いやぁ、使いますよ。」とは言ったものの、何に使えば良いのかサッパリ分からなかった。自分が買った良いものを、気前よくシェアしてくれる、そんな人だったが、そう言えばファン付きのベッドシートなど、ファン系は好きだったのかも知れない。


僕が唯一、このファンを実用的に使ったのは、レンジ兼用のオーブンが過熱して、次の作業ができなかったときに、中を冷やした、、ぐらいのものだった。だから、それ以来、台所用品の一種として、冷蔵庫の上に鎮座する事になった。捨ててしまっても、別にかまわないのだ。10年も使わなかったのだし、捨てちゃって良いよ、と贈り主からも言われたのだし。

でも、まぁ、そういう訳にもいかないか。とはいえ、ルーバーの隙間にまで油分と埃が入り込んだファンをどう掃除するか。最近見ているYouTubeのチャンネルで、ジャンク品を鮮やかなハンダ付けで直していくオッサン(お兄さん、と自称している)のやり方によれば、「全ばらし」してプラの部分を「中性洗剤で洗」えば良いのだ。


僕に電子工作とかそういったものの才能は無いが、YouTubeを見ているので、なんとなくできる気分になっていた。外装のネジは2カ所、オモテから見える爪が1箇所。開けるのはそんなに難しくなかった。中身は、、ACのモーターだし、それがスイッチとレギュレータ?かなにかを通して繋がっているだけの単純なもの。これなら、全ばらししてもきっと組み立てられるだろう。

現状を写真にとって、組み付けの部品を全部取って、プラ部分を泡泡にして洗い、残暑の日光で乾かす。使っていなかっただけあって、中の部品は綺麗なものだ。外装が乾いて、部品を組み付け直し(結構、部品はしっかりしていたので、割と高いんじゃ無いか、この商品という感想を持った)、一応モーターが回るかどうかテストしてから、外ぶたの爪をはめ込む。

完成。蓋をする前に通電テストはしているから、もちろん動く。中身はシロッコファンだったりするので、やっぱり割と高いんじゃないか。さて、だいたい新品な感じに生まれ変わったこれを、何に使おうか。


ひっくり返して製品シールを見ると、「デスクファン」と書いてある。そう、これは机で使う、扇風機?として作られたようだ。なるほど、しかし、これを貰った当時の僕は家で「デスク」を使うという事はほぼ無かった。

しかし、今は「デスク」があって、絶妙にエアコンの空気の流れから外れていたりする。実に、実用的に、使えるんじゃ無いか。そんな気が、する。2007年から13年越しで、新品に組み上がったカタツムリファンは、デスクファンとしてデスクに設置されることになった。