フォトエッセイの記事一覧(全 320件)

GR DIGITAL III を持って

Photo: autumn bank 2009. Tokyo, Japan, Ricoh GR DIGITAL III, GR LENS F1.9/28.
Photo: "autumn bank" 2009. Tokyo, Japan, Ricoh GR DIGITAL III, GR LENS F1.9/28.

いつもの飲み屋で、隣同士になったカメラな人と GR DIGITAL III いいよね、という話をして盛り上がる。最初は行儀良く、結構いろいろ改良されましたよね、という話をしている。そのうち、これはもう買うか!という気勢に なり、一週間後、テーブルの上に箱を並べて、「さて、いざ開けましょうか」ということになる。

かと思えば、寝ぼけながら携帯でアマゾンのレビューを見ていたら、One Click が発動して、翌日 GRD III が家に届いてしまった、という嬉しいような悲しいような人も居る。


そういうわけで、急激に GRD III 人口は増え、手に手になにかを撮っている。

僕の初代 GRD は、ただいまヨーロッパ方面に出張中で、比較ができないのだが、やっぱりちょっと大きく(高さにして、2mm 以内なのだが、人の手はそういうのは分かってしまう)なっている。でも、同じシリーズのデジカメとは思えないほど、撮りやすく、機敏に生まれ変わった。


朝起きたときから、今日はどこかへ行こう、と思うぐらいに気分が良い天気は、とても久しぶりで、目的地無く家からひたすら南へ南へと歩いた。(北へ北へと、西へ西へと、東へ東へは、やったことがある)

手には GRD III だけ。

川沿いに商店街を抜け、オフィスビルを抜け、タワーマンションの工事現場を抜ける。南に何があるのかは、google map を見れば分かる。でも、それはやっぱり見たことにはならない。下町が次第に、港湾都市に変わり、生臭い潮だまりの匂いと、トラックのディーゼル臭が鼻を突く。下町の気っ風と、港の気っ風は、やっぱり何か違うし、通りを過ぎていく度に、徐々に空気が入れ替わっていく。

そして、そういう文化のグラデーションを断ち切って、巨大なタワーマンションが楔を打ち込むように、建っている。ここ数年で急に増えた、大規模分譲のタワーマンション。脆弱な埋め立て地の上に、何の脈絡もなく巨大な街が出来上がっている。この気味の悪い景色もやがて、東京の風景となる日が来るのか。 マンションが出来上がる前に潰れてしまったのだろう、タワーから道を隔てて古びたカレー屋が、シャッターを閉じて埃の中に埋もれていた。


周囲は、海産物の倉庫街に変わった。路肩に停車中のトラックのバックミラーに、オレンジ色のツナギが、洗って干されている。南へ南へ歩いて、人工の大地は、荷揚げ用の小さな港で突然に終わっていた。東京湾は、複雑に入り組んでずっと先に続いている。

「関係者以外立ち入り禁止」の標識の手前まで行って、ゴミゴミした港を撮った。どこにフレームしたらいいのか、戸惑うぐらいにとりとめのない景色だった。僕は満足して、行き当たったスーパーで、グレープフルーツジュースと、豆腐を買って帰った。

柔らかい光

Photo: electrolux 2009. Nowhere, Japan, Sony α900, Carl Zeiss Planar T* 85mm/F1.4(ZA)
Photo: "electrolux" 2009. Nowhere, Japan, Sony α900, Carl Zeiss Planar T* 85mm/F1.4(ZA)

柔らかい光、ぬるい風。

光の粒子が、ファンに絡まり

けだるい模様をつくり出す。

午後が、続く。

それはウォーキングではない

Photo: 山間の紫陽花 2009. Tokyo, Japan, Sony α900, Carl Zeiss Planar T* 85mm/F1.4(ZA)
Photo: “山間の紫陽花” 2009. Tokyo, Japan, Sony α900, Carl Zeiss Planar T* 85mm/F1.4(ZA)

俺は、ウォーキングを趣味にすることにした。

友人が、そう高らかに宣言したとき、それが近々実行に移されるであろう事は予想できたし、それに巻き込まれることも容易に推察されるべきであった。

しかし、いくらなんでも、明日行くことはあるまい。


木の根っこを足がかりに、沢筋を登っていく。これは、ウォーキングなのだろうか?いい加減なキーワードで検索された、いい加減な目的地は、ウォーキングと言うにはいささか勾配が急であり、すれ違う人々と挨拶を交わしてしまう点では登山に近かった。

午前5時に起きて友人の指定した駅に集合し、ひたすら電車に揺られ、山々に囲まれた中央本線のとある駅に着いたとき、ここがまだ東京都であることはにわかには信じがたかった。駅に据え付けのSuicaリーダーがあることに驚いたが、リーダーがあるだけで、あの無愛想なゲート式の改札は無かった。

最初の(そして最後の)コンビニで唐揚げとおにぎりの弁当を買う。丁度屋久島の山を登ったときのように。


屋久島、確かに、我々は共に屋久島の山を登ったこともあったが、それは随分前の話だし、第一これはウォーキングではないのか。道は直ぐに険しくなり、人家は無くなり、鈍重な都市の河川である多摩川は、清冽な山の源流の色味を帯びて流れている。

東京は広いなぁ、というのが感想。山の稜線まで「ウォーキング」して、雑木林が開けると、一面に紫陽花が咲いている。街で見るのとは違った、生き生きした、濃い紫陽花だ。なかなか、ウォーキングもいいなと思う。

で、このまま隣の山まで行くんですか?え、もう帰るの?