海と死

Photo:危険を冒して、救助艇を降ろす。 2004. Japan, Contax RX, Carl Zeiss Vario-Sonnar T* 35-135mm/F3.3-4.5(MM), Kodak EB-3

Photo:”危険を冒して、救助艇を降ろす。” 2004. Japan, Contax RX, Carl Zeiss Vario-Sonnar T* 35-135mm/F3.3-4.5(MM), Kodak EB-3

僕らが乗った船では、船橋を艦長に案内してもらえるというサービスがあった。テロうんぬんで、くだらない規制をしたがる今の状況の中では、とても素晴らしい企画だと思う。事故は、そのさなかに起こった。

「落ちたっ!」

艦橋で船長の話を聞いていると、たまたま右舷を覗いていたお客が叫んだ。船から、人が落ちたのだ。(※フェリーの安全性という部分で、誤解が無いようにあえて正確に書いておく。自分で安全柵を乗り越えたのだ)

「はやく出て、出て下さい」という船長の声を背中に、どっと階段を下りる。指示をする船長の顔は、さっきまで馬鹿話をしていたおっさんから、プロの顔に変わっている。甲板に出ると、もう船は減速してターンを始めている。惰性のついた船はそう簡単にはとまらない。しかも、舵で方向を変えるので、その場で停まるのではなくて、進みながらうまくターンしなくてはならない。船の航跡はみるみる消えていく。冷静な操舵で、船は180度ターンして、落下地点に戻る。


30分、デッキに出て海面を皆で睨むが、素人には波頭と物体の区別がつかない。藁の中から針を探す、という言い回しの意味が分かる。沢山の乗客が甲板に出て、海面を睨んでいるが見つからない。

あとで聞いた話では、船から落ちたら「ほぼ、見つからない」はずなのだが、今回は見つかった。プロの船乗りの目は、外海の速い海流に流された転落者の姿を見つけた。潮が速く、僕たちが素人が思っていたのとは逆の方向だ。浮き輪が投げられて、救助艇が降ろされる。はたで見ていると救助艇と転落者の間はとても近く、そして無限に遠く見える。人の命が左右されている現場が目の前で突然展開する。

海中から助けられたまでは、感動の救助劇で良かったが、戻ってきた救助艇の様子はあまりかんばしいものではなかった。ファインダーを覗きながら、力の抜けた土気色の体に予感はあり、シャッターを切るべきか、迷った。人の死を撮ったことは無いのだ。よくシャッターが切れなかった、という話は聞く。結局、僕は極淡々と撮った。レリーズの重さは、いつもと同じだった。載せられなかったカットには、人の生き死にの瞬間が写っていた。例えば報道のカメラマンな ら、この嫌な興奮にも似た気分にさえ、やがて慣れるのだろうと思う。装填したフィルムを使い果たす頃には、救助は終わっていた。


「良い天気なのに、、」

底抜けに明るい外洋の真っ昼間。綺麗な青い海に、飛び込んだのか。「海が呼ぶことがあるんですよ」海のある街で育った後輩に、後からそんな話を聞いた。医者を捜す船内放送が流れ、毛布が用意される。数十分、海保のヘリが救助にやってくる。ヘリも撮ろうと思ったが、そのヘリに向けて携帯のカメラをかざしている何人もの人たちを見て、なんだか一気に覚めてしまった。

それにしても、今回の旅は、のっけから凄い展開だな、、。


注:プライバシーについては十分配慮して書いていますが、問題ありましたらご連絡下さい。

太平洋の大海原を航海してみたくはないか

Photo: 2億ディップ 2004. Sony Cyber-shot U10, 5mm(33mm)/F2.8

Photo: “2億ディップ” 2004. Sony Cyber-shot U10, 5mm(33mm)/F2.8

「太平洋の大海原を航海してみたくはないか」

と言われてしまうと、断る理由は無い。目的も日程もよくわからないまま、旅は始まった。最終目的地が海か山かも分からないから、トレッキングシューズとビーチサンダルが詰め込まれた。ついに現在に至るまで出番の無い、フライ(揚げ物ではなく)の道具も積まれた。

南に向かう太平洋航路のフェリーというのは、川崎港から出ている。らしい。知らなかった。普通知らないと思う。のっけから、時間は押し気味で、平日なのに道は渋滞。あせりぎみ。でも、旅の初めは、やはり、ドライブスルーのマックだ。このまずい食べ物を食べて、日常から決別するのだ。(でも、できたてなので、まずいというよりも、うまく感じた。特に、はじめて食べたワサビソースのディッパーは意外と)


実は、ここでマックを食べておいたのは正解だった。なんとか時間通りについてみると、海流の関係でフェリーはいきなり1時間、出航が遅れるらしい。 危うく、腹ぺこで桟橋に釘着けになるところだ。フェリー乗り場の周りは工場プラントだらけで、飲食店はおろかコンビニも無い。待合所に食堂なんてものはな く、ハンバーガーとかたこ焼きとかの自販機(よく PA にあるやつ)があるきりだ。ここは空港じゃないんだ。なんていうか、もっと緩くて、混沌としていて、アジアな感じ。海なんだから、ギャーギャー騒いでも仕 方ないだろ、という感じ。

注:でもやっぱり胸焼けした。

シェラトン

Photo: シェラトン・グランデ・オーシャンリゾートから望む日向灘 2004. Miyazaki, Japan, Contax Tvs Digital, Carl Zeiss Vario Sonnar T* F2.8-4.8/35mm-105

Photo: "シェラトン・グランデ・オーシャンリゾートから望む日向灘" 2004. Miyazaki, Japan, Contax Tvs Digital, Carl Zeiss Vario Sonnar T* F2.8-4.8/35mm-105

すっかり明るくなった部屋の中を、薄目をあけながら見てみる。遮光カーテンを引かなかったのは失敗だ。

昨日フェリーに揺られている時には宿すら決まっていなかったけれど、気が付けばちゃんとシェラトンに泊まれている。宿は(空いている限り)、ある程度ぎりぎりになった方が、安く泊まれる。交通機関は逆だ、たいてい高くなる。


フェリーの 2等寝台 C は想像していたよりはずっと文化的だったけれど、荷物を入れてしまうと、僕の身長には足りない。シェラトンのベッドは、ボコボコ頭をぶつけて寝ていた昨日の惨状に比べたら、驚くほど快適だ。両手両足を伸ばして寝られる。

未練はあったけれど、のろのろ起き出して「オーシャンビュー」を眺める。外は曇っていて、南国の太陽は隠れていた。でも、やっぱり海の色が違う。屋久島で見た、油を引いたような輝きの海が広がっていた。