旅&食の記事一覧(全 233件)

暖炉

炎が、揺れていた。大ぶりの薪が、タイル張りの暖炉の中に積まれている。炎が、柔らかい光を撒くと、煙突に向かう薄い煙が、チラチラと照らしだされた。パチリ、かすかはぜている。

周りはみな、本や雑誌に目を落としている。僕だけが、じっと炎を見つめていた。窓の外では、雪が勢いを弱めることなく、降りつづいている。

その日の泊り客は、僕たち4人だけ。飛び込みの宿泊を快く承知してくれた宿の人が用意した夕食。鹿の刺身、茸を山ほど入れた鱒のホイル焼き、セロリ を刻み込んだスープ、野菜を山と添えたステーキ、そして手作りの漬物。スキー場の宿で、これほど心づくしの料理に出会うのは珍しい。

夕食後、せっかく用意された暖炉に向かわないのは、あまりに無粋というもの。少し怪しい足取りで、暖炉の周りに置かれたソファーに身をうずめる。普段より量の多い夕食と、ビールのアルコールが眠気をさそう。

炎を見るのが、こんなに面白いものだったかと改めて思い直す。木から生まれた炎は、一時として同じ形を保つことはなく、燃えつづける。なんでもない 木。そこから、突然炎が立ちのぼっている。すぐ後ろにそびえる雪山、降り続く雪の中に冷え冷えと立つ樹木。その中に、こんなに暖かい光が隠されていること を、どうして想像できるだろう。

薪が炎に変わってゆく。そんな不思議な光景。

一番太い薪が燃え尽きてしまうまで、ずっと見ていた。

売れないピザ屋

近くの駅に、ピザ屋ができた。

駅は、都心から離れているせいで、構内がやたらと広い。駅ビルのエントランスは、6階までの吹き抜けになっていて、クリスマスには、15メートルぐらいあるクリスマスツリーが、春には、桜の巨木が、まるごと飾られる。

改札口の周囲も、やはり相当に広い。駅が改築されてすぐは、がらんとした何もない空間が広がるだけだったが、いつの間にか売店やら、マクドナルドやらが出来始めた。そのうち、小さなコンビニとか、アクセサリーや化粧品などの雑貨を売る店も登場した。

しまいには、ちょっとしたカフェができた。なぜカフェかというと、駅の中なのにオープンテラスがあるからだ。数量限定のスペシャルメニューもやっているし、エスプレッソも出す。ここまでやれば、いくら駅構内にあるとはいってもカフェと呼ぶしかあるまい。

ほとんど、改札前商店街。

商店街に新しい店が出来ると、開店の初日はなんとなく面白い。朝、会社に行きがけに見ると、真新しい店が、まさに営業を始めようとしている。神妙な 顔をした、一目で関係者と分かるオジサン達が、遠巻きにしながら店の様子を窺がっている。ピリピリした店員が待ち構える、ちょっと異様な雰囲気の店に、そ れでも徐々に人が入り始める。オジサン達は、ひそひそ話しながら、心配そうに店の様子を見ている。

それから数時間、僕が会社から帰ってくる頃には、店は昔からあったかのように、普通に動き始めている。そうやって、新しい店が、風景の一部になっていく。


さて、その改札前商店街の一角に、突然、ピザ屋ができた。ピザ屋といっても、持ち帰りだけの小さな店だ。

店の大きさは、ほんの数平米。これ以上はこじんまり出来ないだろう、というぐらいこじんまりした店。しかし、いちおうオーブンというか釜というか、 そんなものはある。値段は、市価の半値ぐらいで、フルサイズのピザが1,000円からの値段で買える。宅配サービスや、食べるスペースを省いてあるから、 その値段で出せるのだろう。

店員はたいてい、バイト(多分)の女の子が2人。1人が焼きで、1人が呼び込みだ。周囲には、いつもピザの焼きあがる香ばしい匂いがしていて、美味しそうだ。メニューも、何種類かあって、1人でつまめるミニサイズのピザも用意している。

しかし、僕は、客を見たことがない。

別に、不味そうではぜんぜんない。しかし、誰も買わない。僕は、誰も取らないチラシ配りとか、人気の無いストリートミュージシャンとか、有権者が集 まらない選挙カーとか、そういうものに同情してしまう性質だ。同情というのが言いすぎなら、関心を持ってしまうと言っても良い。それだけに、この客の無さ 加減が、なんとも興味を惹く。なんで客がいないんだろう。

実は、何度か買おうと思ったことはある。しかし、その度に困るのは、買うべき理由が思いつかないこと。僕には、そこでピザを買う理由が何も無いの だ。アツアツをテイクアウトしても、駅から僕の家までは、ピザが冷めるに十分な距離がある。でも買ってみたい。僕が好奇心に負けるのが先か、その店が潰れ るのが先か。どっちが早いだろう。

僕が住む街には、売れないピザ屋があるのだ。

オコゼの頭

いちおう、忘年会というのが、ちらほらある。とはいっても、行きたい人だけが、行きたいところに行く、という極めてバラバラな感じの忘年会ではあるが。

この時期、よく頼むのがオコゼの唐揚。芳ばしくて美味いけど、あんまり食べるところがない。骨も太いし、なにより頭がでかい。見た目の割に、食べ応えの無いつまみだと思っていた。

が、オコゼの頭って丸ごと食べられるみたい。野生の勘は失っても、人間は動物。魚だって、丸ごと喰えないはずはない。ちゃんと二度揚げして出してくれる店なら、ポン酢につけて、頭からバリバリ食べられるというわけ。

このあいだ、「オコゼの頭は喰えますよ」と教えられて、存外に美味いことを知った。食わず嫌いだったか。

注1:オコゼ(虎魚)。口が開き気味、10センチ前後、ごっつい顔の魚が唐揚になって出てきたら、それはきっとオコゼだ。カサゴ科の魚で、海に棲んでいる。
注2:作者は、魚を昭和一桁世代のようにキレイに食べる習性があるので、中骨まで丸ごと食べたが、初心者は喉に骨を刺したりしないように、十分注意して欲しい。