「不景気」という単語の意味は、自分が子供の頃にはよく分からなかったけれど、社会に出て、自分で働いてみると、よく分かる。
ホントに不景気。
でも、自分のことや、家族のことをちゃんと考えようとしている人が増えているような気もする。いい加減にいろんなことをやり過ごせた時代は終わって、もっと真剣に人に向き合わなきゃならないような空気がある。
そういうのは、僕にとっては少し好ましい。
いろんな矛盾が金と勢いで片づけられた時代は終わって、新しい空気が生まれているような気がする。
写真と紀行文
「不景気」という単語の意味は、自分が子供の頃にはよく分からなかったけれど、社会に出て、自分で働いてみると、よく分かる。
ホントに不景気。
でも、自分のことや、家族のことをちゃんと考えようとしている人が増えているような気もする。いい加減にいろんなことをやり過ごせた時代は終わって、もっと真剣に人に向き合わなきゃならないような空気がある。
そういうのは、僕にとっては少し好ましい。
いろんな矛盾が金と勢いで片づけられた時代は終わって、新しい空気が生まれているような気がする。
友達のオヤジが亡くなった。
突然の話だ。とりあえず、葬式に行き、遺影に手を合わせ、オヤジさんが亡くなったことを実感した。
友達の家は、冬にスキーに行くときの集合場所になっていて、僕もよく泊まりに行った。(そうして行った先のスキー場の写真が、このページには何枚か 載っている)だから、僕は彼とけっこう面識があった。晩飯を一緒に食べ、酒を飲んだ。そして、寝る間際に、いつも僕らにスキーのための軍資金をくれた。
酒が入ったら戦争や、詩吟の話がとまらない人だった。昔ながらの価値観に、がっちり縛られていた。
そういうのは、普通、僕が一番苦手とするタイプだけれど、逆に極端で気持ちよかった。彼も考え方の違う僕を評価してくれた。僕は一度も、彼の意見に追従したことはなかったし、あくまで、違うと思うものは違うと言った。オヤジさんも、言いたい放題のことを言ったものだ。
お互いが、お互いの意見を受け容れることはなかったが、それはそれで、なんの問題もなかったのだ。それで、よかった。
そういうオヤジさんとの関係は、突然に終わってしまった。もう、終わってしまった。でも、今年も僕たちは彼の家に集まってスキーに行こう。いつものように。
BEKKOAME//INTERNET の契約をまたまた更新してしまった。これで、4年目にはいろうとしている。
はっきり言って、このプロバイダー、別にいいプロバイダーではない。でも、乗り替えるだけの動機もないのだ。自分のメールアドレスや、このページのアドレスが変わってしまうことが嫌だったので契約更新をした。
インターネットに接続していて不便なのは、メールやホームページのアドレスが、コロコロ変わったり消滅したりしてしまうことだ。新しく作るのも、消すのも、簡単なのだ。
インターネットが普及し始めたころ、何年も会っていない友達からメールをもらったり、いろんなホームページで自由に表現できることの素晴らしさに目を奪われた。しかし、インターネットが完全に日常生活に根付いたいま、インターネットの脆さも見えてくる。
メール友達という関係は、ふとしたことであっさり消えがちだ。ホームページもほったらかしにされ、気がつくと消えている。大昔にやりとりした友達のメールアドレスが、果たして今も有効なのか、分からない。
この 3年間で、プロバイダーを変えなかった友達が何人居るだろうか。(でも、意外と BEKKOAME//INTERNET の更新率は高いような気がする)いつものアドレスで、いつものページが開き、いつものアドレスで、いつもの人にメールが届く。そういうことって、意外と重 要なことではないだろうか。だから、僕はあえて BEKKOAME//INTERNET の契約を更新した。
そう言うわけで、また 1年間はこのアドレスが有効ですので、よろしく。