フォトエッセイの記事一覧(全 320件)

どこを開いても、秋刀魚の味

Photo: “Taxi.”
Photo: “Taxi.” 2005. Tokyo, Japan, CONTAX T3 Carl Zeiss Sonnar T* 2.8/35, Kodak 400TX.

ともあれ、取り置きを頼んだ雑誌を丸善に取りに行ったついでに、少し本を見ようと思った。”あなたもデータサイエンティストになれる”みたいな本が平積みされていて、もちろんそんなものを読んだところで、データサイエンティストには多分なれないが。(しかし、あるいは万が一なれるかも知れない。。)


そういうものに、心底うんざりして、絵本のコーナーを通り過ぎて、映画のコーナーに来る。テクニカルに映像技術みたいな主題のものを、買おうかと思った。
でも結局、最初に目に付いた小津安二郎の本を手に取って開いた。秋刀魚の味について書かれたページだった。そのまま、レジに持っていった。後から読んでみると、それは秋刀魚の味について書かれた本であって、実は、どこを開いても秋刀魚の味なのだった。


道を行く人は、ダウンジャケットとかコートとか、ずいぶんと大層な格好をしている。僕は秋物の薄い茶色のセーターだけで、それがやや奇異に映るだろうか。今日はそんなに寒いだろうか?大して風は無いのに。ちょっと近所に行くような風に出てきてしまったからか。長く飛行機に乗るときに必ず持っていった、毛糸のカーディガンも持っては居るのだ。それも、この2年まったく飛行機で着ることはなかったのだが。
(1年前のメモ。この時買った本は、この稿に繋がる)

祇園精舎に鐘はなく

Photo: “Near from Rengeoin Sanjusangendo.”
Photo: “Near from Rengeoin Sanjusangendo.” 2002. Kyoto, Japan, Contax RX, Carl Zeiss Vario-Sonnar T* 35-135mm/F3.3-4.5(MM), Fuji RHP III.

実際には、祇園精舎に鐘と呼べるようなものはなく、そこに沙羅双樹も生えてはいなかったそうだが、そんな無粋なことはともかく、平家物語はちゃんと見ている。


結末は決まっていたとしても、今は、違う。

そういうテーマは、今のタイミングで凄く来る。僕たちの大方の人生も、結末は決まっているとして、今には無限のバリエーションがあって然るべきなのだ。

そういえば、タイトル曲を歌っている羊文学というのは、どういう人達なのだろう?

コーヒーが突然飲める日

Photo: "Wall fracture."
Photo: “Wall fracture.” 2021. Tokyo, Japan, Fujifilm X-Pro2, Fujifilm M Mount Adaptor + Carl Zeiss Biogon T*2,8/28 ZM, ACROS+Ye filter

YouTubeで、スタバのナイトロのコーヒーを頼む動画を見ていて、突然コーヒーが飲みたくなった。今の自分には、飲める確信があった。

読者の中には知っている人も結構居ると思うが、僕はコーヒーがとても嫌いだ。


それは、自分の父親の思い出と繋がる匂いであり、イメージであり、それが僕をコーヒーから遠ざけていたのだという事に、突然に気がついた。ロスアンジェルスで、ボディービルダーがジムの近所のスタバで、ナイトロ・コールドブリュー・コーヒーを4つオーダーしている、その光景を見ていた時に(念のために言っておくと僕はボディービルの趣味は無い)、それがいきなり理解されたのだった。

シミのついた角張った銀色のサイフォン、絞ったコーヒーの絞りかす、その匂い。スタンドに乗った殻付きの半熟卵、ばさばさのトースト。そんなイメージの連鎖なのだ。そういう思い出の蓋のような匂い、それが自分にとってのコーヒーなのだと、その関係性を突然全て了解した。

そういう妙な瞬間というのが、多分人生には何回か有ると思う。


近所のスーパーでドリップパックのコーヒーを買ってみる。何を買ったら良いのかさっぱり分からないので、何かのBlogのベストテンを参考に選んだ。煎れ方の知識は全くないから、説明書きを丁寧にフォローして湯を注ぐ。そして、確信の通り、普通に飲める。

湯気の向こうに、河を上り下りするタグボートを眺めながら、気分は良かった。