カレー部活動報告

A white dish at the Indian restaurant

Photo: "A white dish at the Indian restaurant" 2010. Tokyo, Japan, Zeiss Ikon, Carl Zeiss Biogon T* 2.8/28(ZM), Kodak 400TX.

カレー部の部活があると言うことで、東京某所の南インド料理店に行く。つい最近まで、インド料理 = カレーぐらいの認識しかなかったのだが、ビリヤニの旨さに目覚めてから、実は他にもずいぶんといろいろな料理があることを知った。ドーサもサモサも、店や国によって色々だ。


とても印象的だったのは、参加者の一人が料理をサーブしてくれる店員に、いちいち

「ナマステ」

と現地の言葉でお礼を言っていた事だ。彼は、追加飲みで寄ったなんてことはない居酒屋の中国人店員にも

「シェイシェイニー」

とお礼を言っていた。


知っていても、なんか恥ずかしくてできないことなんだけど、店の人は嬉しそうだった。見習ったらいいかなぁ、と思いつつも、なかなか出来ない。せめて、外国では “Thank you”ではなくて現地の言葉で言うようにしている。

“Terima kasih”


そういえば、この店ではもう一つ驚くことがあった。一人がインドのウイスキー(インドにはウイスキーが有るのだ)を頼んだ。(恐らくは酒を飲まない)インド人ウエイターによれば、かなり強い酒らしい。飲み方を訊かれて

「ストレートで」

と頼んだ。

その時のウエイターの驚いた顔。僕は、まさにインド人もビックリという顔を、生まれて初めて見ることができたのである。

7月4日に生まれて

seagull

Photo: "seagull" 2008. Tokyo, Japan, Zeiss Ikon, Carl Zeiss Biogon T* 2.8/28(ZM), Kodak 400TX.

7月4日に生まれて、を観る。最初に僕が観たのは、多分、中学の時だ。膝の手術をして、退院してまもなく観たのだと思う。だから僕はこの映画を、反戦映画、というよりも、中途障害者の映画、として観た。


銃撃により脊髄を損傷して、歩けなくなった主人公の立場が、その時の僕にはとても近く、深く感じられた。病院で、車椅子の中に混じって座る自分。そうして、気がつくと自分だけが立ち上がって走り出す。劇中でトムクルーズ演じる主人公が見る夢だが、僕も病院で同じ夢を見た。


僕はまもなくして歩けるようになり、やがて、走れるようにもなった。そして、そんな夢は、見なくなった。でも、一生回復しない人たちも居る。病院から、出られない人も居る。実際、退院した後もしばらくは、何をするにも怖い、と思った。もし、事故にでも遭って、また、あの病院に戻るのが怖い。随分長い時間、そんな恐怖に苛まれながら、生活していたと思う。


今、良くも悪くも、もうその記憶は無い。張り切って走りすぎたときに感じる膝の痛みや、ふと正座する場面で、それが出来ない時に、自分が他の人とは違う経験を潜ったことを思い出す。しかし、その時だけの事だ。時間が経って、忘れること。それが、何かの救いにはなる。そう信じたいと思うのだ。

デヴィ夫人来店

デヴィ夫人来店

Photo: "デヴィ夫人来店" 2007. Osaka, Japan, CONTAX T3 Carl Zeiss Sonnar T* 2.8/35.

大阪のとある街を歩いている。

お勧めのベーグル屋がある、という地元情報はしかし、明確な店の場所と名前が示されておらず、店の前にたどり着くのは容易なことではなかった。これは少し前の出来事であり、iPhone と GPS があまねく”鷲の目”を与える前の話だ。そして、ようやくたどり着いた店は、定休日だった。


行き場のないやるせなさを感じながら、とぼとぼと駅に戻る。広い県道とも、狭い国道ともつかない道を歩いていると、パチンコ屋に行き当たった。いや、正確に言えば、先に凄い看板が目に飛びこび、僕は思わず引き寄せられて足を止め、それがパチンコ屋の看板だったのだ。

デヴィ夫人来店。

パチンコ屋のプロモーションというのは、下手に予算が使えるだけに予想外の豪華さを醸していることがある。上野の裏道を歩いていたら、パチンコ・エヴァンゲリオンの宣伝で、本物の声優の誰だかがトークショーをやっていたのに行き当たったこともある。しかし、デヴィ夫人が来店するというのはどうなのか。パチンコ屋の来客層に、デヴィ夫人の来店は何かアピールするポイントがあるのか。デヴィ夫人は、パチンコ屋の営業で、一体どんなトークをするのか。観衆への呼びかけはやはり「あーた」なのか。


大阪在住でも無ければ、パチンコもしない僕が、実際にデヴィ夫人と出会うことは出来なそうだった。残念ながら、彼女の来店予定は半月ほど後の日付だったのだ。しかし、その看板だけで、もうお腹が一杯だったことも否めない事実ではあった。