フォトエッセイの記事一覧(全 322件)

徳川最後の将軍、の弟と日記

Photo: “Closed unknown shops.”
Photo: “Closed unknown shops.” 2025. Chiba, Japan, Apple iPhone 14 Pro Max.

千葉県立美術館に隣接するポートパーク、夏場は凄い人出で、近づく気にならなかった。今は、人もまばら。アーティストトークの時間まで、暇を潰す。

丘の頂上のベンチも誰も居らず、背にかかる風は冷たく、ずっと文章を書いていられる気分では無い。家族連れの歓声が遙か遠くに聞こえていて、部活の練習だろうかジョギングの列が近くを通る。


選ばなかった未来は分からない、だから考えないにしても、徳川慶喜の弟昭武の日記には、全くもって今日起こった出来事しか書いていないという。そこには心情も、感想も、過去の回想も、未来の予想も無い。幕府の名代としてヨーロッパに滞在した徳川昭武は、日記と沢山の写真を残している。

撮影した写真の露出まで記録している彼は、しかし、徳川幕府が滅びたその時のことも、日記では特に触れていないという。逆に、日本人として、初めてココアを飲んだ記録が昭武の日記には残っている。実は、そんな記述にも、結構な価値があるのだと思う。

徳川幕府が滅びた後も、華族として不自由の無い生活を送っていたようではあるが、その胸中はどのようなものだったか。それは、一切残っていないのだと。


人生の残りはあと一万数千日。自由に出かけられるのは、数千日が良いところだろう。その目の前の一日をどう過ごすのか。自分の思い通りに、いつになった日々を送れるようになるのか。送れていた時期もあった気がする、いつのまにかどうにも出来なくなっていた。

華族として身分は保証されていた昭武も、実際には日記一つ自由では無かった。記録魔なのであれば、自分の心情を書き残したかったのでは無いか。あるいは、私小説のような概念は、当時無かったのかもしれない。生まれたときから将軍家の公人であり、「私」として何かを残す自由も、発想も無かったか。


高校生達が戻ってきた、ずっと同じ所を周回しているのか。日記は今しか書けない、昨日のことは書けない、明日のこともかけない。しかも、自分の今の気持ちを書けるようにしておくには、心のバッファが必要だ。

鳥がうるさいくらいに鳴いている。別に楽園では無いのだろう、縄張り争いだろうか。木々は紅葉が始まっている。あと何回、紅葉を見るのか。背に当たる風がいい加減冷たい。少し先まで歩いて海でも見るか。

今日の展覧会:オランダ×千葉 撮る、物語るーサラ・ファン・ライ&ダヴィット・ファン・デル・レーウ×清水裕貴

向島百花園、再び

Photo: "A pond."
Photo: “A pond.” 2025. Tokyo, Japan, Fujifilm X-Pro2, Fujifilm M Mount Adaptor + Carl Zeiss Biogon T*2,8/28 ZM

「虫が多いから、最近はあまり来てないのよ」

ベンチに座る僕の前を、そんな会話をしながら家族連れが通り過ぎていく。そうだろうか。夏の盛りに比べれば、格段に蚊は居ないし、得体の知れない羽音もしない。鳥の声が秋の空に、鋭く響いている。

今の季節は、雪虫のような、ふわふわとした小さな羽虫が、庭園中の大気を漂っている。光にその羽が雪の結晶のように反射して、命が満ちている気がする。

多分、その中を歩くだけで、いくらかを潰してしまったりするのだろう。命の楽園というわけではない、競争と、淘汰と、運不運、そんな感じだ。


向島百花園は、九庭園の中では毛色が変わっていて、大名やら財閥やらが作った他のThe様式美みたいな庭ではない。多様な四季の植物が、細かく、様々に植わっていて、自然の諸相がより明確に見て取れる。どの柵の内側にも、いろいろな層の植生と、虫と、そういうものが満ちている。命の密度は、九庭園の中でも、ここはダントツだと思う。

ベンチに座って、亀戸で買ったパサパサしたカツサンドを食べている。頭の上を風が渡ると、葉が落ちる音がする。ここはそれなりに都心だから、全くもって静かな場所ではない。鳥や葉の音にかぶせて、直ぐ横を走る明治通りから、街の音が聞こえてくる。が、ここではあまり不愉快には思われないな。

天丼

Photo: “Gochiso Tendon.”
Photo: “Gochiso Tendon.” 2025. Tokyo, Japan, Apple iPhone 14 Pro Max.

いつもと少し違う駅で降りて、立ち喰いそば屋のあたりを歩くと、天ぷらと出汁の香りがしてくる。

子供の頃に食べた、出前の店屋物の匂いだ。甘辛い天丼のタレと、薄っぺらく切られた、酸化したぬか漬けの不思議な味。でも、その時、腹は空いていなかった。

翌日、無性に天丼が食べたくなって、ゆでたろうで持ち帰った。美味かったけど、ちょっと違う。


天丼てどこで食べられるんだ。そう言えば、「てんや」があったなと思い立って、隣町の商店街に行く。

この3年、オフィスからの帰りはタクシーでまっすぐ帰宅するのが精一杯だった。街をそぞろ歩こうなんて、思いつきもしなかった。それを今は、雑踏を眺めながら歩く。新しい店がいくつかできている。油そばの店に行列が出来ている。

てんやでのメニューは「季節のご馳走天丼」にした。初回でいきなり特上、みたいなメニューにするのはいささか気が引けたが、せっかくですから、というやつだ。鱧も、大エビも、穴子も入っている。タレは多めにする。味噌汁と、大根の漬物。てんやで食べるのは、多分初めてだった。店はこの街に住んでいた時から知っていた。店舗は古かったが、掃除は行き届いているようだったし、店員は洗い物を乾燥ラックにきちんとそろえていた。

天丼は、最初から最後まで美味に感じた。クーポンで付けた烏賊も良かった。人間が戻ってきたような気がした。
この数年を思うと、どこか違う場所から帰ってきたようだった。