そういう恥ずかしい態度は、きっぱりやめていただきたい

名古屋からの出張の帰り、間違って「こだま」の指定席を買ってしまった。

別に、変更できないというわけでもないが、こんな機会でもなければ各駅停車の新幹線に乗ることなどないだろうから、そのまま「こだま」で行くことにした。

(今回の「今日の一言」はあんまり意味無いです。最近、こういうのが多いけど、、)


「こだま」がホームに入ってくる直前、少しの時間をみつけて、立ち食いのきし麺をサッとすする。店内は、ぎりぎりの時間を使って、最後に名古屋名物を腹におさめようというビジネスマンで混みあっている。僕が食べていた、牛肉入りのうどんをみて、今入ってきたオヤジもつられて肉を頼む。肉うどんは一番高い、600円。

ホームの弁当屋で、味噌カツ弁当でも買っておこうかと思ったが、「幕の内しかない」とのつれない返事。もう、午後 8時になろうとしている時間だから、しかたない。買わなかったら確実に車内でやることが無くなってしまうので、1つ買う。でも、買った直後に、丁度売店への弁当の配達とすれ違った。惜しい。


名古屋から新横浜まで、図らずも「世界の車窓から」状態である。車内は、当たり前だがガラガラ。窓際に一人ずつ人がいるぐらいで、とてもゆったりしている。「こだま」を使うと、名古屋から新横浜まで2時間半かかる。行きは「のぞみ」で1時間半かからずに来たことと比べると、全く違う旅。

たっぷり長いこの時間をどうしたものか。ホテルから持ってきた新聞を読むとも無く読み、幕の内弁当を食べながら、やたらに時間をかけてビールを飲んだ。僕は、別にビールが好きということでもないのだが、最近は「ビールを飲むという状況」がなんとなく好きで、気に入っている。ビールを飲むと言うのは、他の酒を飲むときとは、少し意味が違う気がする。「仕事終わったよなー」そういう区切りが、カタチとして出てくるような感じ。さて、渋々買った幕の内では あったが、存外に丁寧に作られていて、好感がもてた。酒のつまみに、弁当を食べるような輩には、かえってこういうものの方が、好ましいかもしれない。


ゆっくり食べても、無くなるものはなくなる。車内販売で何か買うことにする。腹は一杯だが、とにかく暇だ。

僕にとって、新幹線の車内販売のベストメニューというのは、文句無くサンドイッチだ。別に美味いようなものでは全くないのだが、小さい頃に新幹線に乗るたびに食べていたから今でも頼む。(本気で美味しい車内販売を求めるなら、浜松あたりで売られる鰻弁当が良いらしい)今日もサンドイッチは不味かったが、やはり新幹線ではこれを食べる。胡瓜が生臭いのも、ビールに合わないのも、いつものとおり。

呼び止めた車内販売のオヤジがとても良かった。どう見てもカタギには見えない。40代前半だろうか、白髪混じりの伸びきったパンチパーマ。巨大なもみ上げ。着ている制服は、くたびれてよれよれ、普通なら、気が滅入るような代物。しかし、夜の疲労と倦怠の渦まく新幹線の中で、黙々とビールやつまみを売る彼の姿に、僕はなんとも言えないプライドのようなものを感じた。きっとはやくに離婚していて、娘二人を男手一つで育てているに違いない。夜遅くの車内販売はハードな仕事だが、彼は家族のために頑張っているのだ。過去からきっぱり足を洗って、、と、100%僕の勝手な想像なので、本人にはいい迷惑だな。でもそんな雰囲気の人ではあった。

領収書を頼んだら、手元に無いからと言って、嫌な顔一つせずに後からわざわざ届けてくれた。とても親切。


豊橋あたりで、小うるさい3人組みが乗り込んできた。訛りの感じからして、ドイツ語圏の外人2人。それを案内している、20代後半の日本人女性1人。会話は、怪しい英語で行われている。それまで、静かで快適だった車内に、少しだけ不穏な気配。案の定、なんともうるさい。日本人の女の得意げな(しかも巧くない)英会話が、静かな車内に響き渡る。

その連中が、もみあげの彼の車内販売を呼び止めた。ビールは無いのか、なんだ、かんだとやっている。バカ女の誇らしげな同時通訳が入る。(TOEIC 500点ぐらいか、、)
「コーク、あ、コーラ」
「あらら、私英語で言っちゃったー(原文は怪しげな英語)」

そういう恥ずかしい態度はきっぱりやめていただきたい、と思った。しかし、そんな奴らを相手にしても、彼は親切だった。僕の想像では、彼はきっと4ヶ国語ぐらいはペラペラなはずで(昔、禁輸品を買い付け、密かに横浜港で陸揚げしていたのだ)、その気になれば全てドイツ語で対応できるはずなのだが、 礼儀正しい彼はそういうことはしなかった。


いつの間にか眠っていた。電車はもうすぐ小田原に着こうとしていた。新横浜まで、残り20分。ビールは買いすぎて、残りを全部飲み干すには、少しほねが折れた。

冬の冷気

冬が体にしみ込んでくるのを感じるこの時期は、僕にとっては容易い季節ではない。

冬の冷気。冷たく凍えた空気を吸い込むと、鼻の奥にキンと響く痛みを感じる。自分が生き物であることも忘れてしまう、人工的な生活。それでもこの季 節、それを感じる瞬間が必ずある。僕は比較的、季節の変化に従って、リズムを合わせながら生活している。好むと好まざるとにかかわらず、そういうものにと ても影響を受ける。
「季節の無い国に住んだらどうなるの?」と訊かれることもある。どうなるのだろう。季節感と言うのは、街のデコレーションとか、人々の装い とか、そういった世間の雰囲気によく表れる。テレビの CM が秋一色に染まり始めて、秋だなー、と思うことだって、多分にあるだろう。しかし、そういうものとは関係ない、ある種のリズム。

樹は、夏の間に葉に蓄えた葉緑素を幹に吸い上げ、紅葉する。この季節、人も、大切なものを中のほうに引っ込めてしまう。季節は巡り、僕も同じようなことを繰り返しながら進む。


出掛けに目にした初秋の祭り。露店の煙と、喧騒。帰りのバスから見た同じ場所は、もうひっそりと静まり返っていた。祭りの跡形は、何一つ残っていなかった。透明な空気が、黒々した闇に満ちた。

長い冬が来る。とても長い。

二回目の大阪

大気にアミノ酸(注1)が満ちているような、濃厚な匂い。横浜の中華街だって、こんな匂いはしない。空気が、脂の細かい粒子で満たされたように重い。電車のドアが開き、ホームに一歩足を踏み出すと、そんな外気が鼻腔に流入してきた。初めての感覚に、僕は戦慄を覚えた。


少し前にも大阪(注2)について書いたが、僕と大阪は、根本的に相容れない。神戸には住めるかもしれないが、大阪は無理だ。出張に行くならまだしも、旅行であえて大阪を目指すことはあるまい。しかし、初めての大阪から5ヶ月、またもや僕は大阪に来ている。もちろん、今回も出張だ。

大阪も二回目なので、さすがに慣れてきた、、、なんてことはない。前に立つたびに「ポーン」と怪音を発する駅の券売機に苛立ち、世間が核燃料工場の臨界に騒ぐ時に「横山ノック」の話題を一面に載せる新聞にあきれ果てた。

今日は大阪最後の夜。仕事も終わり、鶴橋にある「風月」という店で、お好み焼きを食べることにした。僕が最も憎悪する食べ物は、言うまでもなく、 ニュージーランドの悪夢「キウイフルーツ」であるが、それと並んでキライなのは大阪文化の香りを体現する「お好み焼き」である。ぐちゃぐちゃのうどん粉 を、ベタベタしたソースでこねくり回して食べる、アレだ。アレに限らず、うどん粉を主成分とする、焼き物系は、ことごとく僕のキライなものである。お好み 焼き、たこ焼き、鯛焼き(これはまだ許せる)、、。粉モノはキライなのだ。


しかし、前回の大阪出張で食べたたこ焼きは、存外に旨かった。関西人が、たこ焼きの旨さを誇る理由も理解できなくはないと思った。そして今回、お好 み焼きに挑戦する。たこ焼きがあれだけ関東と違うのであれは、お好み焼きもきっと違うのだろう。もちろん、大阪を一人でうろうろしてお好み焼きの店に入る などという、危険極まることはしたくない。そこで、昔神戸に長く住んでいた同僚の人に頼んで、「最も旨いと思われる店」に案内してもらうことにした。それ が、大阪環状線は鶴橋駅にある、お好み焼き「風月」である。鶴橋という駅自体、関東の人間にとっては異質な場所である。駅に降りた瞬間から、本当に焼肉の 脂や、お好み焼きのソースの匂いが、大気に満ちている。これは、完全に本当のことで、心底衝撃を受けた。

鶴橋の駅から出ると、なんの躊躇も無くディープな飲食店が軒を連ねている。雰囲気的には、新宿のおもいで横丁(通称:小便横丁)に近いものがある。 しかし、匂いの強烈さは、その比ではない。気分が悪くなるほど濃い、キムチやら、牛脂やらの匂いが、裏路地を満たしている。そうした状況が、駅前からいき なり展開しているのだ。もし僕が一人でこの駅に来ていたら、迷わず引き返したに違いない。案内役がいてよかった。

案内役の後ろについて、やたらに狭い路地をくねくね行くと、目的の店「風月」にたどり着く。案内役である同僚の人曰く、「関西で、僕が一番旨いと思 い、また、感動したお好み焼き」を出す店だ。僕のイメージでは、関西のお好み焼き屋は、かなり敷居が高かった。なんか怖そうなのだ。しかし、その不安と言 うか、期待は、良い方向に裏切られた。まず外見は、木造の脂ぎった平屋に、黄色い畳というイメージだったのだが、そういうことは無かった。店内は、ねじり 鉢巻のオヤジが店の全てを牛耳っていて、私語厳禁で、もしタバコなん吸うやつが居ようものなら、額に向かってコテが飛んでくるような緊迫した雰囲気、を想 像していたのだが、そういうことも無かった。

店は、清潔なタイル張りで、椅子とテーブルが使われていた。オヤジではなく、若いアルバイトが沢山いて、注文はPOSシステム(注3)で管理されていた。灰皿もあった。うーん、なんかイメージと違う。いたって普通の、繁盛しているお店だ。


さて、風月のお好み焼きは、大量のキャベツにうっすら生地をまぜ、コシのある細うどんをのせた、いわゆる「モダン焼き」というものである。(いちおう、普通のお好み焼きも頼める)二人とも、そのモダン焼きを注文した。

関西のお好み焼きは、ほとんどの店で、店員が焼いてくれる。だから、お客は見ているだけでよく、楽だ。(楽しくはないかもしれないし、逆に手を出す と怒られるのではあるが)関西のお好み焼きは、焼くときにコテで押しつぶしたりしない。最初にキャベツと、豚肉・海老などの具材に、薄い生地を加えてざっ くり混ぜ、鉄板の上に丸く伸ばして、あとはほったらかし。忘れられたかと思う頃に、うどんを乗せてひっくり返し、またほったらかし。あとは数回ひっくり返 して焼きムラを調整。仕上げに、マヨネーズと大阪的ソースをべったり付けて完成である。店員ではなく、地球の重力が一番仕事をしている。

いよいよ焼きあがって食べてみると、確かに旨い。キャベツがたっぷり入っているので、口当たりも軽いし、カリカリに焦げたうどんが、かなり美味しい。とりあえずは、お好み焼きというものを認めてやろうという気になった、、。


しかし、確かに旨いのだが、3分の 2を食べ終えたあたりから、にわかに厳しくなってくる。つまり、量が多い。むちゃくちゃ多い。一日、ハードに働いて、へろへろになって、腹のすき具合も最 高潮に達しているはずの我々にとっても、このあまりにでかいお好み焼きは、やはり、あまりにでかい。ところが、横の女の子 3人組みは、焼きそば、げそ塩焼きをシェアしつつ、お好み焼きを 1人 1枚平らげ、さらにチューハイのジョッキを傾けている。別に、彼女達が肥えているとかそういうことではなくて、ごく普通の、痩せている部類にはいるような 娘たちなのに、、。大阪人、喰いすぎ。

最後は、意地の勝負だ。大阪のお好み焼きごときに敗北するようでは、関東の皆さんに顔向けできない。立派に完食して、故郷に錦を飾るのである。終 盤、いままで飲んだビールが、足を引っ張り始めた。腹の中で、ビールの水分を得たお好み焼きが、明らかに膨張している。苦しい。口がソース味を拒否し始め たので、キムチを注文し、しのぐ。


とにかく、僕は勝った。鉄板の上のお好み焼きは、完全に腹の中に消えた。でも、もうだめだ。帰ろう。

ホテルに向かって電車に乗りながら、いつまでたっても「お好み焼き臭」が大気から消えないことを不審に思った。僕が臭いのだ。嗅いでみると、背広の 上着にはしっかりとソース味がついていて、空腹ならば、これおかずに、白飯 2杯は食べられる勢いだ。ホテルに帰って、シャワーを浴び、服を着替えた。歯も磨いた。しかし、ミネラルウォーターを片手に、眺めの良い 17階の部屋の窓から夜景を眺めてみても、いっこうに気分は落ち着かない。

体一杯に、「お好みソース」を充填されたような、そんな気分だ。喉元まで「大阪」が入っている。そして、関東の遺伝子を攻撃している。この街は恐ろしい。

注1 アミノ酸・・・味覚の5大要素のうちの1つ、うまみ成分。
注2 大阪・・・日本列島の中部に位置する独立国家。首都:大阪、人口:8,832,606人、ビザ:不要、人種:大阪人62%・関西人21%・その他 17%、公用語:大阪弁・日本語(ホテル・駅などでのみ通用)、通貨:円(1円=約0.7円)、主食:たこ焼き・けつねうどん、気候:熱帯湿潤気候、時 差:1年、主力産業:安売り業。
注3 POSシステム・・・居酒屋やファミレスなんかで使われてる、注文をとるための電卓みたいなもの。