「おう、なんだよ、リーマンだらけじゃんかぁー」
僕はその日、珍しく背広を着て鞄を提げ、電車を待つ行列に並んでいた。駅は、丁度帰りのラッシュが始まったばかりで、会社帰りのサラリーマンとOLで、かなり混んでいた。その様を見て、ファッション系専門学校のどーにもならない馬鹿男子学生どもが叫んだ。
その時僕は「リーマン」という単語を聞いたことがなく、なんのことやら直ぐには分からなかったが、ひじょうに侮蔑的な意味がこもっていることは分かった。
彼らは、われわれを「リーマン」呼ばわりして、さぞかし気分が良かっただろう。もちろん、そうした奴らの大半も、結局はサラリーマンになる。しか も、ストレートに学生から一般の企業に就職する人に比べると、彼らを待ち受ける運命はより過酷だ。であれば、いちいち目くじらをたてることはないのかもし れない。
しかし、奴らの不遜な態度に周囲の「リーマン」のイライラは一気に上昇し(自分の事を言われているのだとは気がついていない、救いようの無い人を除く)、僕もさすがに彼らの不幸な将来を祈らずにはいられなかった。のたれ死ね、アホ。(失礼)
ところで、世間のサラリーマンに対するネガティブなイメージからすれば、彼らの態度も分からなくはない。むしろ、当然といっても良い。
サラリーマンに対するネガティブなイメージの存在は、今に始まったことではない。僕も、小さい頃は、サラリーマン以外の職業に就くんだ、と心に誓っていた。そういえば先頃新聞をにぎわせた、小学生のなりたくない職業No1は、やはりサラリーマンだった。
実のところ、サラリーマンというのは雇用形態のことであって、職業ではない。しかし、日本では、その言葉が一人歩きしている。サラリーマンってなに?多分、賃金ベースで雇われている人で、華々しくない職業に就いている人をサラリーマンと言うのだろう。
しかし、大半の子供達が高校に行き、大学に行くように、大半の大学(院)生はいわゆるサラリーマンになる。(OLは?と言われると日本語英語特有の 問題で話がややこしくなる、、普通に英語だったらemployeeで片が付くのだが)だから、残念ながら先の質問に答えた大半の小学生(男)は、いくら 「なりたくない」と言ったところで、いわゆるサラリーマンになる。冒頭の、失礼な学生もサラリーマンになる。
サラリーマンは、当たり前の人間の、当たり前の生活形態なのだ。その意味では、将来の夢にサラリーマン、なんてものが登場した方が、まずいのかもしれない。
ところで、サラリーマン社会というのは、その中に入ってしまえば、実は結構快適なものだ。
不作法な奴はあまり居ないし、収入も安定している。そこには、最近路上ではお目にかかれない秩序とルールが、まだ存在している。日頃、侮蔑を込めて 「リーマン」などと呼ばれている彼らも、ビジネスの世界ではやはり強大な力を持っている。何と行っても、金やモノを動かしているのは彼らだ。
さて、日本における(というか、外国にはそんな用語は無いが)サラリーマンのイメージは何かというと、背広にネクタイである。逆に言うと、背広にネ クタイでなければ、サラリーマンとはなかなか見なされない。つまり、背広というのはサラリーマンの制服みたいなものだ。これを着こなしていれば、サラリーマンの一員として見なされる。
そのサラリーマンか否か、の境目を決めているのが、実は、背広にネクタイだったりする。だから、逆に背広を着ていないサラリーマンというのは、かなり微妙な立場にある。サラリーマンは、背広を着ている奴を発見すると、「おお、サラリーマンでござるな」と認識する。世間の人もそうだろう。しかし、背広 を着ていない、私服サラリーマンは、いったい何者なのか、一見しては分からない。
私服サラリーマンはたまに辛い目に遭う。
まず、外見が若いと学生だと思われる。満員電車で座っていれば「この穀潰しが」という冷たい視線を受け、レストランでは「この貧乏人が」と言う目で ウェイターに嫌われる。仕事で遅くなってタクシーに乗っても、「夜更けまで遊びくさりやがって、このガキ」といった態度をとられる。僕は見た目で言えば、学生に見えなくも無い。(うそつけ、と言った奴は「羊ページ」に3日間たち入り禁止)だから、私服で会社に行ったときにそういう対応をされるのはしょっちゅうだ。
明らかに学生とはいえない年齢だと、失業者、水商売、遊び人である。そういう意味では、私服サラリーマンはあまり美味しくない。しかし、私服サラリーマンをやってみると、今まで見えなかったものが見えてくることがある。その部分は、結構面白い。
僕は仕事柄、月一回程度の割で、ビジネスショウや、トレードショウに行く。(COMDEXや、PC World Expo.、Interop等)
そんな時にはたいてい私服で行くのだが(背広でああいうところにいくと、ものすごく疲れるから)、そうすると明らかに背広で行ったときとは違う体験ができる。
まず、展示会場を歩き回っても、展示員が声をかけてこない。そこで、話しを聞くために、こちらから説明をお願いする。最初は、もの好きな学生だと思 われているから、ほとんど「タッチおじさんに教える人」みたいなレベルから説明が始まる。説明自体も真剣ではない。口元には「なめた笑み」が浮かんでいる こともあるし、「あー、変な客につかまった」というガッカリ感も感じられる。
しかし、会話をしていくうちに、だんだん、「プロ?」と相手は思い始める。まっとうな展示員だと、反応は速い。すぐに、ちゃんとしたビジネスモード で話してくれるようになる。展示員と製品に、相関関係はないじゃないか、と言われるかもしれないがそんなことはない。展示員がだめな製品は、一般的に言ってやっぱり、間違いなくダメである。(お客を見ずに、全てのお客に真剣に勧めるような人は、またどうかと思うが)
服装で人を見るような人は、最後まで態度が悪い。全体的に失礼な感じを持続する。そういう人は、かなりの確率で説明も意味不明だったり、役に立たない。質問しても、ろくに分からない。そんなところの製品は、個人的には「不採用」の烙印を心の中で押すことになる。そのまま引きあげることもあるが、最後に、「お名刺をいただけますか」と言われることもある。
ヤダ、というわけにもいかないので名刺を渡すと、そういう人に限って態度が全然変わってしまう。人によっては、それまでの「なめた笑み」が「ひきつった笑み」に変わる。さっきまで、高圧的だった人間が作り笑いを浮かべ、平身低頭する。
言ってみれば、刑事コロンボとか、水戸黄門みたいな感じである。やられた方は、さぞかしイヤだろうが、別に何を着ようがお客はこっちなのだから勝手だ。もっと言えば、外見でだまされるような相手の説明や製品なんて、信用ならないと思う。
みなさんも、街に潜む私服サラリーマンに注意しましょうね。