九十分、ランチブレイクを取られても、正直困る。

Mud wall

Photo: “Mud wall” 2013. Katsura-Rikyu, Kyoto, Richo GR.

芝公園。近くのホテルで、技術系のお集まり。それでは昼休みということで、いきなり九十分、ランチブレイクを取られる。一体何をしろと。

昼メシは、適当に食べログで見つけた海鮮丼。すぐに食い終わってしまった。幸い、昨日までで夏のさかりはおしまいになって、今朝は運動会の朝みたいな風が吹いていたっけ。

東京タワーを眺めながら、公園のベンチに座る。頭上の桜の葉はだいぶ落ちて来ている。ツクツクボウシと、アブラゼミと、そしてあらゆる種類の蝉が、ひと時に圧縮された季節に鳴いている。


昼間の東京タワーをまじまじとみると、ずいぶん、いかつい。地上波の送信は止めてなお、今もたくさんのアンテナが取り付けられ、制御用機器用のコンテナやら、足場やらがついている。古くても、徹底的に改造して使う、そういう日本のやり方は嫌いじゃない。

公園のベンチに座るのは、OLとサラリーマン。全員がスマホをいじっているよ。

池があるから、けっこうな蚊が飛んでいる。夏じゅうまくっていた袖を長くして、それでもそんなに暑くはなかった。熊笹が青く茂っている。夏の桂離宮で見た。

死に犬

Sleeping dog.

Photo: “Sleeping dog” 2013. Agra Fort, India, Richo GR.

犬が、寝そべっている。寝そべっているというよりも、地面にぺったりと張り付いている。

何かの本に出ていた、死に犬、というやつだ。


うだる日差しの午後、犬は少しでも涼味のある地面に寝転んで、動かない。たまに少し薄目を開けるやつもいるが、たいていは熟睡している。

これほど沢山の野良犬を、僕は見た事が無かった。タイにだって、マレーシアにだって、怖そうな野良犬は居た。でも、こんなに沢山、普遍的に見たのは初めてだ。

日本なら一発で駆除されてしまうであろう、完全な野良犬。体が大きく、薄汚れていて、そして多分恐水病も持っている、そんな動物が、四つ角毎に居ると言ったら言い過ぎだが、バス停毎には必ず居る。


インドでは、野良犬が人に追われる事はほとんど無いように見える。喧嘩をしていた犬の仲裁に入るインド人、というのを一度見た。犬にリードを付けて、散歩をしている光景は 2回見た。これは、マハラジャ犬と呼ぶ事にしたい。野良猫は、痩せて震えたのを一匹だけ見た。そして、野良犬を数え切れないぐらい見た。

たいていの場合、犬は無視されている。信号待ちのトゥクトゥクの前に出て、足で追い払われる事はあっても、傷つけられたり追われたりする事は無い。だから、犬たちも人間には安心している。

かといって、インド人が犬を暖かく愛玩しているかというと、全くそんな事は無い。足許に来ても、まともに見る事も殆どしない。その存在は、道端の草か何かとたいして変わらないようだ。


インドには、牛を傷つけてはいけないという法律が存在する、らしい。本当かどうかは知らないし、野良牛ならぬ野良犬が法的に保護されているのかは知らない。しかし、ある種の社会的なタブーによって、手が出せないのは確かだ。あるいは、生類憐れみの令の時代の江戸は、こんなものだったのかもしれない。

タイや、マレーシアで見かけた野良犬は、とても怖かったし、その存在に慣れることも無かったが、インドでは、あまりに多い野良犬に、じきに慣れてしまう。そうでなければ、街を歩く事も出来ない。せめて不機嫌にまかせた気まぐれで、噛んでこない事を、祈るだけ。そう、インドに於いては、あとは祈るだけ、という場面のいかに多いことか。

初日に、オールド・デリーに行くのはオススメできない

Old Delhi

Photo: “Old Delhi” 2013. Old Delhi, India, Richo GR.

朝起きて、いきなり向かったインドの旧市街。そこには、イメージの通りのインドが有った。そうそう、インドって、多分こんなんだよね、というインド。

デリーは2つのパートに分かれている。ニュー・デリーの北側に、オールド・デリー、旧市街が横たわっている。オールド・デリーには、ニュー・デリーから歩いて行ける。Google Mapsを眺めて適当に歩いていたら着いてしまった。地図から読み取って頭に描いた景色は、実際といつも食い違っていて、それが面白いのだが、オールド・デリーの有り様は、僕の想像とは、やっぱりとんでもなく異なっていた。


ぐちゃぐちゃ。

車と、トゥクトゥクと、リキシャと、人と、犬と、牛と、馬と、山羊。それらが、自分のペースで、それぞれに何に合わせるでもなく、勝手に自分の行きたい方向に向かって動いている。車道と歩道の使い分けの境目は限りなく曖昧で、いったい何の商店なのか判然としない店舗が過半数。アメ横を30倍ぐらい混沌とさせるとこんな感じか、という気もするが、奥まった生地屋街的な路地に入ったら、二度と出て来られない気配。

交通ルールの遵守具合は、飛び抜けて最悪。道を切り開くために途切れる事無く発せられるクラクションと、それに呼応する怒号が響く。何かを責めたり苛ついたりしているわけではない。そこに怒りのようなものは、感じられないのが救いだ。それにしても、凄く五月蠅いわりに、速度はのんびりしたものだ。みんな急いでいるけれど、急いでいない。

ベトナムの轢き殺されそうな早いペース、殺気に似た活気とは違う。中国の1センチでも他人より前に行こう出し抜いてやろう、という感じとも違う。何千年も前から、多分こんな事を、この混沌とした都市でやってきたんだろうな、と感じる。とんでもなく年季の入った重々しい混沌なのだ。


週末のオールド・デリーには、ショッピングに来た若いカップル、何かの取引で行き交う男達、礼拝に来たイスラム教徒、スリ、、あらゆるインド人が居た。白人、その他アジア系は殆ど見かけず、日本人に至っては一人も居ない。1メートル進む毎に、インド人の密集した熱気で疲れが重なっていく。

迷宮のように続く街路から抜け出せない。前に進むしか、出る道が無い。Google Mapsも、進むしか無い事を示している。うんざりだ、ここから早く出て行きたい。

それにしても困った、両替商が無い。しかも、日曜日で銀行も開いていない。ATMだけは沢山あるが、入れたカードが飲み込まれて二度と出て来ないだろう。1ルピーも持たず、使い道の無い円貨とクレジットカードだけが、財布に入っている。何でも買えるが、何も買えない。タクシーにも乗れない、水も買えない。困った。。