こういうのって、どうなんだろう?何かの意図があって、「琉球」と書いているのか。あるいは、これがごく普通の呼び方なのだろうか。
アジアの歴史(それは太平洋戦争よりもっと前からの話)は、とても複雑で、こんなふうにしれっと書かれている「琉球」という呼び方にも、もしかしたら、誰かの思いがあるのかもしれないと思った。(何もないのかもしれないが)
写真と紀行文
こういうのって、どうなんだろう?何かの意図があって、「琉球」と書いているのか。あるいは、これがごく普通の呼び方なのだろうか。
アジアの歴史(それは太平洋戦争よりもっと前からの話)は、とても複雑で、こんなふうにしれっと書かれている「琉球」という呼び方にも、もしかしたら、誰かの思いがあるのかもしれないと思った。(何もないのかもしれないが)
沖縄本島北部、大湿帯(おおしったい)。やんばる共同農場。
裏山から水を引いた水道、手製の浄化槽。藍を育てて、手作業で染色。電気はきているし、電話も、車もある。けれど、夜は真っ暗。こんな山奥で、そんな生活をしようというのは、やはり変わり者なのだと思う。
僕たちがお世話になった家族は、この場所に数年前から住んでいる。少し年輩の両親と、その一人娘4歳。そして、飼い犬のポコ。めったに部外者の立ち入らない山奥で、ポコは天真爛漫に育っている。地面に何かを見つけたようで、なにやら遊んでいる。楽しそうだ。
(好き嫌いは別にして)作者は、子供と動物に強い。その強みを利用した、一枚。
伊江島と沖縄本島を結ぶフェリーから望む、夜明け。潮風が今日も強い。
伊江島は、菊と落花生を主な産業とする小さな島。幾つかの民宿とリゾートホテル、真っ白な砂浜、菊畑。そして、米軍基地がある島。ここの砂浜の美しさ、そして夜空の澄んだ暗さ。それは、僕が今まで目にしたことのないものだった。
撮影にはモノクロフィルムを使用。カラーでは写せない光を、捉えられる気がする。