今年も蝉をひっくり返す時期がやって来た。僕は一般的な人に比べると、道路とか生け垣とか、その辺りで異変があるとよく気がつくタイプだと思う。駅前の交差点、今日もやっぱり交番の前あたりでうねうね手を振っている。
そう、蝉だ。背広姿で地面に屈むのは少し勇気がいるが、やってみると他人はそれ程気にしない。さて、一旦ひっくり返してみたが、飛ぶ気配は無い。下を見ないで歩く人間に踏みつけられるのは時間の問題。自然に、拾い上げていた。
手に捕まる力は十分だけれど、だいぶ弱っている。この暑さも堪えているのだろう。川沿いの木を探す、しかし風は強く、樹皮は固くすべすべしている。そのまま、公園まで歩いて行くことにした。
今夜も暑い。ひっきりなしに手の中でもぞもぞ動いている。手の中は、もっと暑いのかもしれない。手のひらを出て登りたいのに任せておく。すれ違う人は、誰も僕の手にたかる蝉には気がつかない。だれも、そんな事は予想していないからだ。
公園、犬を散歩する人々、園内は思ったよりも薄暗い。8時前ぐらい。街灯のそばに、ひときは大きな樹があった。これがいい。ガサガサした樹皮にたからせると、ゆっくり登っていく。ちょうどその先に、蝉の抜け殻があった。それがあるなら、蝉が好む樹液がでるに違いない。もっとも、それを吸うだけの体力はもうないかもしれない。
蝉は何故、高みを目指して登っていくのだろう。体を起こす力も、飛ぶ力も無いのに、なんで登っていくのだろう。こんなことをするのは、間違いなく人間のエゴだ。駅前の地面に住む蟻たちの夕食を、僕はダメにしてしまったのかもしれない。でもまあ、積極的に介入していこうと思う。何にも関わらないで生きていくことは、結局は出来ないのだ。