見せてもらおうか、食べログ1位の実力とやらを

Photo: “Sushi chef on Tabelog #1.”

Photo: “#1 Sushi chef on Tabelog.” 2018. Hokkaido, Japan, Apple iPhone 6S.

と言うことで、2時間あまり電話をかけ続けて予約してもらった、北海道 食べログ第1位の鮨屋に、万札を握りしめて訪れた。席数は僅かに7席。おきまりが1種類のみ。飲み物はアラカルトと、メニューに合わせてお酒を出してもらえる方式が有る。一緒に行ったのが、飲む人間なのでお酒は店にお任せして出してもらう方式にした。絶対その方が安くなる確信。

我々以外は、年輩の夫婦、同伴ぽい紳士とお姉ちゃん、そして今回初一人旅なんですよと意味の分からないアピールをするITベンチャー社長(こういう人は訊きもしないのに、素性を明かす)


感想。とても、とても感心した。どの品も考え抜かれている、なんとなく出されるものが一品として無い。魚は二部制の予約での提供時間に合わせて仕込まれ、食べる瞬間に最も良いコンディションになるように仕上がっている。高いネタを出して凄いでしょう、では無い。例えば、抱いた卵が半熟になるように火を通し、これをソースとして食べさせる蝦蛄。その処理は、卵を身につけたままで、背に一筋入れた包丁目から、トロッとした橙色の卵が覗く。鮨に限らず、身と卵を一体でそんな風に扱った料理を、僕は一度として食べたことが無い。既存の調理法に縛られない、ゼロから考える料理の凄み。鮮度が落ちた蝦蛄では作れないから仕入れは時間単位での勝負だと言う。

店主はいわゆる鮨屋の大将、という雰囲気では無い。洗練された風貌もあるが、所作から語り口から、よく考えてる、よく出来る、という感じが凄く伝わってくる。提供している各々の品物について、質問すれば幾らでもロジックをもって返してくる、それ程に考え抜いて、試している。かといって、気難しくも無く、客あしらいは巧い。ともすれば、無粋なマウンティングるベンチャー氏も上手くいなして、まさに飲食業の鏡。


もう一つ。板場には、年輩の職人がアシスタントとして付いている。丁寧に下ごしらえのサポートをして、店主の仕事を実によく助けている。これだけの才能のある若者につくのは、どんな心境なのか。なんて思っていたら、実は先代に当たる店主のお父さんだそう。父親の代の時は、普通の街場の鮨屋だった店を、ここまでの有名店にした息子の才能と努力。親子の呼吸の合い方。父親の店の譲り際の鮮やかさに、また別の意味で感嘆した。

※料理は定額、修業時代に勉強に行った鮨屋で不明瞭な会計に泣かされたという、店主の矜恃を感じる。料理に合わせる方を選ぶと、お酒はなんと一貫ごとに違うものを出してくれる。値段は時価になるが、内容を考えると納得がいく。

 

YOUR CHOICE

Photo: “YOUR CHOICE.”

Photo: “YOUR CHOICE.” 2018. Tokyo, Japan, Apple iPhone 6S.

「あんた、俺を誰かと勘違いしてるよ!」

前を歩いていたサラリーマンが突然振り返り、僕の友人に啖呵を切った。

「は?どうかしましたか?」

イヤフォンを外して、礼儀正しく問い返した友人に、サラリーマンもア然として「は?」

朝の駅のどまんなかで、大の大人が顔を見合わせてしばし呆然としている。そんな話を、ワインを飲みながら聞いている。


何者かに自分がつけられていると勘違いしたとして、こんな啖呵を切らせるのには、相当な覚悟というか、相当な恐怖が必要だろう。

友人にたまたま後ろを歩かれただけで、そんな恐怖を味わうものなのか。

確かに、見た目は怖い。最近、運動不足で一回りガタイが大きくなった友人は、仕事仲間の若者達からは企業舎弟とか、そんな風に言われているらしい。20年前に、僕が初めて出会ったときも、この人はきっと怖い人だから、間違っても深入りしないようにしよう、と考えた。

実際、かれは至極まっとうな人間で、反社会勢力でもないし、昔やんちゃだった、みたいな事も無い。外資系 ITに 10年以上勤めて、自ら選んで起業して、最初は色々苦労しながらも、今は着実に歩んでいる。しかし、残念ながら人は見た目が 100パーセント。


さて、ワインだけでは寂しいので、なにかつまみでもとろう。チーズの 3種盛りなんて良いんじゃないか。これはリストの中から選ぶのか?勝手に選ばれるの?

「君のおすすめを持ってきてくれたまえ、的な感じでいいんじゃない?」
と彼は言う。しかし、そんな見た目で、しかも、今日のトレーナーには「YOUR CHOICE」って書いてある。(しかも全部大文字だ)俺ならそんな人間に、「君のセンスで選んでくれたまえ」みたいなことを言われたくないね。震える。

で、頼んでみた。チーズの銘柄を訊かれることも無く、無難なセレクションで勝手に選ばれて運ばれてきた。まあ、そんなもんだ。

“My name is” or “I’m”

“My name is” なんて言い回しは、今時のネイティブは誰も使わない。そんな話を聞いた。本当だろうか。今時のネイティブって何だ。日本語ネイティブ話者の日本語だって、随分振り幅はあるわけで、十分胡散臭い主張だ。

という事で、英語の先生に訊いてみる。答えは大変に意外、というかまったく意図していない話を聞くことができた。


実際、”My name is” も “I’m” も、どっちも言う、それが僕の英語の先生の答え。それはどっちでもよろしい。それよりも、自己紹介の時に、きちんと自分の名前のフルネームを言うかどうか、それが最も重要!と言われてしまった。

日本人には多いと思うが、僕の名前も結構長い。で、言いにくいだろうと思って、名字で通したりするのだが、それではそもそも 姓=フォーマル 名=カジュアル の使い分けにそぐわない。

そしてなにより、「発音が難しいだろう」という日本的配慮は相手にとって「大変に失礼」だと言うのだ。それは暗に相手の能力を見くびることになるし、勝手にバックグラウンドを推測することだと、たいそうご立腹。え、そこ怒るポイントなの?という気がしたが、理由を聞くとなんとなく納得。

つまり、日本人の名前の発音が難しいとは言っても、親戚が日本人かもしれないし、だいたい発音しにくい音は言語体系によって違うし、発音能力も人によって違う。そうした相手の背景を決めつけて、レベルを下げた対応を取るというのは、失礼。なるほど、説得力のある主張だ。

例えば、僕の名はそこそこ長いが、音の配列の関係で英語話者にとっては姓よりも発音しやすいらしい。それはまた新しい別の発見。自分のアイデンティティであるところの名前を端折られるのは、日本人が考えるよりも、相当に相手を見くびった行為に思えるようだ。中華系で、よくJhonとか西洋風別ネーム持ってる人を見るけど、そういうのはどう思うんでしょうね、というのは今度訊いてみたい。


と言うことで、正解は I’m フルネーム、もしくは、My name is フルネーム、両方OK。どっちにしても、フルネームが重要。そして、呼び方は相手が決める。もちろん、言語感覚は人によって違うし、英語の(言語の)正解っていうのは無いし、そのクラスタとかに寄っても違うだろう。でも多分、多言語多文化なビジネスの現場で英語を使う人にはこれが一つの正解な選択肢。それは確かだ。