クリスマス

Photo: 2000. Tokyo, Japan, CONTAX T2 Carl Zeiss T* Sonnar 2.8/38, Fuji-Film, F.S.,

Photo: 2000. Tokyo, Japan, CONTAX T2 Carl Zeiss T* Sonnar 2.8/38, Fuji-Film, F.S.,

誰かとクリスマスのお祝いを。

というのは、する年もあるし、しない年もある。けれど、人混みがあまり好きじゃない僕には、ちょうど24, 25日に何かをしたという記憶がない。ちょっと早めとか、ちょっと遅めとか、そういう感じだ。

だから今年、僕はなにをするでもなく、冷凍のレアチーズケーキを食べ、オーブンで少しばかり焦げてしまった鶏をむしっていた。


いろいろ大変だった去年の年末。夏前からえんえんと続いた、目の回るような忙しさ。それらを思えば、静かに鶏の小骨と格闘する時間は、まったく悪くなく、文字通り一息つくという感じだ。

クリスマスは本来の宗教的な意味から言えば、なんていう議論があるけれど、どうでも良いことに思える。何かを祝福したい、というのは、別に悪いことではないだろう。僕はなにかを祝福するわけではなく、ただ、鶏をむしって食べるだけだ。


グサッ。

鶏の骨が、刺さった。(上顎、超痛い)

落ち葉は、綺麗な宝物

Photo: 2001. Tokyo, Japan, CONTAX RX, Carl Zeiss Planar T* 1.4/85(MM), Knodak DYNA 400, F.S.,

Photo: 2001. Tokyo, Japan, CONTAX RX, Carl Zeiss Planar T* 1.4/85(MM), Knodak DYNA 400, F.S.,

忘れてしまっただろうか。落ち葉は、綺麗な宝物だったことを。

この時期、会社近くの公園を通ると、子供たちが落ち葉で遊んでいる。拾い集めたえりすぐりの落ち葉は、彼らにとっては、れっきとした戦利品だ。


みんな、必死になって戦利品をいっぱい集めている。でも、よくよく見てみよう。子供によって集める方向性が違う。

枚数で勝負するやつ、大物狙いのやつ、綺麗なのだけを狙うやつ。集めることは放棄して、投げつけ合ってるやつら。とにかく女の子に見せびらかせるやつと、それをあきれ顔でみる当の彼女。

多分、幼稚園のお散歩の一風景なのだろうけれど、そこには、なんとなく各々の将来を予感させる行動があって面白い。

僕は、どんな子供だったっけ。


注:羊ページは書くのが遅いので、ちょっと時期をはずしてしまいました。でも、これって去年載せ逃して1年お蔵入りになっていたものなので、あえて掲載。

梅干し、手前10メートル

Photo: 2001. Japan, CONTAX T3 Carl Zeiss T* Sonnar 2.8/35, Kodak DYNA EX ISO200.

Photo: 2001. Japan, CONTAX T3 Carl Zeiss T* Sonnar 2.8/35, Kodak DYNA EX ISO200.

梅干し。
手前10メートル。


東京 青山の奥深く、謎の看板が目にとまり、思わず路地に入った。そこには、子供の頃に住んでいた街の、商店街を思わせる風景があった。低い空にかかる、入り組んだ電線。

探せど、探せど、梅干しらしきものは無し。それは梅干屋なのか、あるいは、梅干のブロンズ像かなにかか。あたりを 5周して、それらしきものを見つけられず、日が暮れた。


見つからない梅干し、買えない梅干し。いや、別に大好物とかではないのだが。

夜のとばりが降り始めた午後 5時。今日もレトロな街灯に灯りがともり、梅干しの看板に、火が入る。


注1:Contax T3 の精度と描写力に驚いた一枚。Zeiss 特有の深い青。
注2:昔、ウメボシ殿下っていう漫画がありましたねぇ。