フォトエッセイの記事一覧(全 320件)

「もう、家に帰ろう」

Photo: 駐車場 2003. Sony Cyber-shot U10, 5mm(33mm)/F2.8
Photo: "駐車場" 2003. Sony Cyber-shot U10, 5mm(33mm)/F2.8

その書店の写真集コーナーは、あまり大きくはないけれど、いつも面白いものを置いていているから、つい立ち寄る。

見つけたのは「もう、家に帰ろう」という写真集。カメラマン藤代冥砂(ふじしろめいさ)が自分の妻、「あみ」こと田辺あゆみを撮った 3年間。T3、GR1V、LEICA M6 といった主に小さなカメラで撮った日々に、短い言葉が付いている。


僕は写真に「彼女」という存在を撮らない。不思議と、カメラをそういう風に使おうと思った事が無い。だから、恋人や妻を撮ったものとして、例えば「東京日和」のようなものがあることを知ってはいたが、この手のテーマの写真集を手に取ったことは無かった。でも、パンをかじっている女性がこちらを見つめる表紙はちょっと素敵で、初めて手を伸ばした。

一人の人間をファインダーを通してずっと見つめることの真摯さ。被写体への近さと、別の個体としての距離。この写真集の主な背景になっている砧という土地も、僕が何となく好きな場所であって、その空気がすっかり気に入って、買ってきた。


家に帰りゆっくり読んでみる。以前何かの番組で見て買いたかった、「ライド・ライド・ライド」は藤代冥砂の写真集だったことに、今更ながら気づく。巡り会うべきものに、巡り会うのだろう。

「時間を止めたくて写真を撮るわけではない むしろその逆だ」と書いてあることの、清々しさと寂しさ。日差しの下で眩しそうにこちらを見ている彼女の写真の下には、「君より長く生きたい」と書いてある。

注:もう、家に帰ろう, 2004, 田辺あゆみ・藤代冥砂, ロッキングオン.

少し歩かない?

Photo: 教会 2005. Sony Cyber-shot U40, 5mm(33mm)/F2.8
Photo: "教会" 2005. Sony Cyber-shot U40, 5mm(33mm)/F2.8

少し歩かない?と言われて遠回りして帰る。


モールの両側の店は半分ぐらいがもう店じまいをしていた。

閉店した紳士服店の前で、試合の後か何かだろう、トレーニングウェア姿の高校生が 20人ばかり輪になって座り込んでいる。妙に明るい照明のファミレスの窓を覗くと、白いタンクトップとグレーのタンクトップの男が二人、飯を食っていた。それぞれの週末。


暫く歩くと、明るく照らされた白亜の教会に行き当たる。99% コマーシャリズム、結婚式場と同義の、そういう教会。でも、人の気配無く静まりかえった夜に眺めると、そんなに悪くない気もする。柵にかじりついて中を眺 めていると、子猫だけが、門を潜り、得意げに階段を横切って行った。

ねこねこ

Photo: 満月 2004, Sony Ericsson A1402S
Photo: "満月" 2004, Sony Ericsson A1402S

月の明るい夜だった。

だいぶ遅くなって、僕は家までの道を歩いていた。梅林の切れ目の、少し開けた所に、十字路がある。ぼんやりとした街灯に照らされて、遠くからでも様子がよく見えた。

右の道から見たことのない白ねこが歩いてくる。スタスタ、という感じで、まっすぐに十字路を目指している。僕はかまわず歩き続けた。白ねこも歩いてくる。


そうすると、ちょうど僕と白ねこは十字路の真ん中で鉢合わせをした。おや、と思ってねこを見ると、何の迷いもなく、ごろんと横になって頭を差し出した。なでてみろ、と言っていた。

日中の熱気が未だ少し残る夜、白ねこの暖かい体温が手に伝わってきた。とても自然にそんなことをしている自分と、ねこが居た。 さわさわと梅の葉が揺れる音がして、膝を上げる。

振り返ると、白ねこの姿は見えなくなっていた。