アキラみたい

Photo: “Night view from the bay.”

Photo: “Night view from the bay.”” 2019. Tokyo, Japan, Apple iPhone XS max.

死にたくない

とは実はあんまり思わなかった。ただひたすら、これ以上、怖い思いをするのは嫌だなとは思った。しかし、ここで終わりならそんなものか、という気分にもなった。

記憶というのは、その時に全部定着するわけで無い。1年以上を経た今になって、奇妙な実在感を持って自分の中にしみ出してきたような気がする。それ以前の僕と、それ以降の僕は、やはり違っているのだと思う。


何かに冷めたような、そんな感じもある。この生が、全くもって永遠では無い事の実感が、突然に深まった。そして、いったい自分が何をしているのかという冷たい思いも抱く。

それは別に悪いことばかりでも無い。捨てるべきものは何か、考えるべき事は何か、日々なにをするべきなのか。そういう視点が、日常に戻ることが出来た喜びとはまた別に、というか、その後から、やってくるのだ。

自分が繋がらなければいけない人は、別にそんなに居ないのだな、という認識があらためて深くされた。それは、特段残念には思えなかったし、意外に自分が身軽なことに気がついたのは、皮肉なものだった。


だから、あまり悲惨な目に遭った、という気分はその時は無かった。

ただ、一旦退院してから、再び手術のために戻ったときの方がトラウマレベルだったかもしれない。中央手術室の中を、まさか自分で歩いて手術台に行くとは思わなかった。冷徹で頼りがいの有りそうな目をした、麻酔科医が自己紹介をした。

廊下にはテレビで見たことがある、手を洗うための巨大なシンクが見える。部屋は予想外に巨大だった。無数のファンが唸る肌寒い手術室の真ん中に立って辺りを見回す。むき出しの銀色の空調と、巨大な機器と、パイプ、配線。アキラみたいだな、と思った。

ロンメルの本を読んで面白かったのは

Photo: "波頭"

Photo: “波頭” 2006. Izu, Japan, Contax RX, Carl Zeiss Planar T* 1.4/85(MM), Kodak EBX

歴史の本と、旅の本と、テクノロジーの本を交互に読んでいる。”「砂漠の狐」ロンメル ヒトラーの将軍の栄光と悲惨”を読んだのは夏の初めの頃。

読んでいて印象に残ったのは、ロンメル自身の歴史よりも(実に、職業軍人というのはサラリーマン的な人生を辿るものというのは、発見だった)、ノルマンディー上陸は全体的には奇襲であって、ドイツ側の抵抗は弱く、例外がオマハビーチだったというエピソード。


ヨーロッパ戦史に詳しい人には常識なのだろうが、そんな認識は僕には無かった。プライベートライアンの、あの冒頭の印象がノルマンディだし、Dデイだ。映画も小説も、オマハビーチしか取り上げないから、ノルマンディー全体が激戦だったような印象なのだが、あれは一部の話なのだ。

キャパの写真で有名で、プライベートライアンでもっと有名な、あのオマハビーチの光景は、言ってしまえば例外。歴史はきちんと総体を把握しないと、理解が歪む。まして、現在進行形の今の状況なんて、ほとんど実態が見えていないと言っても過言では無いだろう。


そう言えば、3.11の光景も、メディアの中の景色と、僕が見たあの日の景色は全然違うし(揺れる神宮球場の照明と、混み合った呉服橋のガード下の居酒屋が、鮮烈な景色として残っている)、今のCOVID-19も歴史に残る景色と、僕たちの見る個々人にとっての日常には、相当な乖離が出るだろう。

だとすれば、歴史として自分が見ているこの世界の過去の姿は、どの程度、正しいのだろう?歴史というのは、何が反映されているのだろう。知っている気でいるが、本当に、何を知っているのだろう。

雅叙園の茅葺き屋根

Photo: “Tofutei”

Photo: “Tofutei” 2019. Tokyo, Japan, Apple iPhone XS max.

目黒雅叙園の中には、ひときわ目立つ茅葺き屋根の古民家みたいなものが建っている。あそこに行く度に気になってはいたが、そこは仕事の現場だからあまり追求したことは無かった。

で、ゲストのテキサス人が、そこに行きたいと言う。一昨年ぐらいに久しぶりに日本に来て、彼は、そこで日本の魅力を再発見したと言う。それから、ちょくちょく、いろんな理由を付けて日本に来るようになった。朝から登壇のために詰めている雅叙園の中で、件の建物がどうにも気になっているようだった。

さて、あの建物は確かに行ったことがない。だいたい中に入れるようなものだろうか。何、調べたって?あれはレストランなのか。

やたらテンションが上がっている180cmオーバーのテキサスレンジャーを連れて、茅葺き屋根を潜る。予約必須みたいな気配を漂わせているが、試しに入ってみると、空いていた。


微かに香の薫りがする廊下を行き、やたらに大きな部屋に通された。螺鈿細工を柱から天井から、床の間の違い棚にまで施した、実に豪奢な内装。これは凄い、と日本人の僕は思った。彼は、どう感じただろうか。

メニューはテキサスっ子にも良さそうな、すき焼き御膳的なものを選んだ。器も、盛り付けも、サービスも、こういうゲストを連れている人にとって、そうあって欲しいと思うものだった。味は外さない、結構なもので、多分初めてあらたまった感じの(それまで居酒屋ぐらいしか連れて行かなかったので)日本料理を前にして、彼が嬉しそうにしているのを見て、僕も嬉しくなった。


それから1年以上が過ぎて、当然アメリカから誰かが日本に来るという事は無くなった。彼も来日を希望していたが、そうもいかないまま、時間が過ぎた。アメリカの会社には、定年というものは無いと聞く。そんな彼も夏の終わりに引退を決めて、お別れのメールが来た。残念だな、とは思ったけれど、この業界で成功裏に引退出来るのは良いことだ。

螺鈿の燦めく部屋で撮った、彼の写真を送っておいた。せわしないランチだったが、僕にとっても良い思い出なのだ。