Mac を捨てる

Photo: Macintosh Classic II 2005. Contax i4R, Carl Zeiss Tessar T* F2.8/6.5.

Photo: "Macintosh Classic II" 2005. Contax i4R, Carl Zeiss Tessar T* F2.8/6.5.

Mac を捨てる、とか書くと、「なんだと、この不届き者!」という声が聞こえてきそうだが、捨てる。

もともとどっかで拾われてきたものを、僕が譲り受けた。最初からインテリアのつもりで、別に使ってはいなかったのだが、ブラウン管モノ一掃キャンペーンにつき廃棄することにした。

念のためデータでも消去しようかと思い、あり合わせの ADB キーボード(なんでこんなものを未だに持っているんだろう、、)をつないで電源を入れるが、、あー、もうダメみたい。


Mac も放っておくと腐るのだ。

注:実は、Mac はあと 2台ある。

カニ

Photo: カニ 2005. Contax i4R, Carl Zeiss Tessar T* F2.8/6.5.

Photo: "カニ" 2005. Contax i4R, Carl Zeiss Tessar T* F2.8/6.5.

「ブクブク、、。ブクブク、、。カニです、、。」
なんか、凄くつらそうに見えるんですけど、大丈夫でしょうか?
「ブクブク、、。」
いくらなんでも、これをお土産にとか言って買う気にならないなぁ。


「ちょっと、、」
はいはい。
「明るすぎ、、」
深海の生きモノだもんな、、。頑張ってくださいね。
「、、、。」
いや、色んな意味で、これ厳しいよ、やっぱり、、。

注:買うなら茹でてあるのにしようと思った。

同じ自分ではない、同じ自分でもある。

Photo: 2000. Kobe, Japan, Nikon F100, 35-105mm/F3.5-4.5D

Photo: 2000. Kobe, Japan, Nikon F100, 35-105mm/F3.5-4.5D

そういう小学生も滅多にいないと思うのだが、僕が卒業アルバムに書いた、将来なりたいものは SE だった。

大学は理系に行かなかった。政治や歴史を勉強した。それでも、インターネットブームにのって、僕は SE になった。こう書くと、なんとなく軽いけれど、まあ軽いのだ。

卒業アルバムに書いたとおりの職業につくことができる人間の割合、というのを考えれば、僕は幸せなのかも知れない。


結局、人は、自分自身を受け入れるために、長い旅をしているのかも知れない。これでいいんだ、と思うために、いろんな曲がり道を歩いているのかも知れない。そんな風に考えることが、多くなってきた。

自分の夢を実現することができれば、安心できると思った。そうでもない。

幸せってなんだ。よく分からない。でも、つくるものとか、獲得するものとか、そういうのではない。それはきっと、受け取るもの。


ここまでの文章は 3年前に書いて、そのままになっていた。いろいろ歩いて、一周して、またここに戻ってきた。

同じ自分ではない、同じ自分でもある。