キッチン飛騨

実家に帰る。テレビは地上波しか映さないから、それを見ている。(でも地デジになってた)

何でも慣れるのだとは思うが、これを一年中見ると思ったら、ちょっとうんざりする。流行どころのものは頑張って YouTube で見るようにしているが(頑張ってる時点でダメなんだろうけど)、それでも、ああ、あいつらがやっていた元ネタはこの芸人なのか、とか、そういう発見ばか りだ。

テレビというのは、多くの人を並列化するための装置なんだな、と、久しぶりに並列化されてみて気がつく。そうして、やっぱり、そういうことにはもう、あんまり価値がないと思ってしまう。役に立つとしたら、何年も経ってから「あの頃はこんなのが流行ってたよね!」とおしゃべりするぐらいのものだ。でも、覚えているようなものがあるかな?


つまり、ショップチャンネルで変なシャワーヘッドとか、原料が貴重なくせに毎日やってるキッチン飛騨のレトルトハンバーグとかの紹介を見ている方が、よほど面白いな。

注:ケーブルから電波をもらっているので、ショップチャンネルと QVC は映るのだ。

メンズ日傘

Photo: メンズ日傘 2008. Tokyo, Sony Cyber-shot DSC-T2, Carl Zeiss Vario-Tessar F3.5-4.3/6.33(38)-19.0(114)

Photo: "メンズ日傘" 2008. Tokyo, Sony Cyber-shot DSC-T2, Carl Zeiss Vario-Tessar F3.5-4.3/6.33(38)-19.0(114)

ここ最近は、あまりにも暑くて、女子の差している日傘でも借りたいぐらいだ。というか、借りてみると、実際涼しいね、これ。


そんなことをやっていると、実は最近、メンズ日傘というジャンルが出来つつあるらしい。そうはいっても、例えば昼の銀座界隈をみてもなかなかメンズ日傘にはお目にかかれない。

ファッションのエッジと、やっちゃってるの境目は限りなくグレーだ。メンズ日傘が市民権を得るクリティカルマスは、未だ来ないのだろうか。

と、先日、この暑さにウンザリして、ちょっと有名な冷やしゴボウ天蕎麦でも食べに行こうかとかんかん照りの坂を下っていると、ついにメンズ日傘のリアルなサンプルに遭遇したのだ。

「あれ、間違いないですよね」

うん、確かにあれはメンズ日傘。色はブルー。しかも会社ロゴ入り、さらにオッサン二人で相合い傘である。しかし、その表情には何のてらいも感じられ ない。同僚は携帯を片手に、証拠写真を激写すべく、不審に後を付けた。が、果たせず戻ってきた。そうか、やはり密かにメンズ日傘は浸透していたのだ。


そうして後日、長い橋を渡っていた僕の眼前に、突然、堂々と日傘、というか雨傘をさして歩くオッサンを発見したのだった。つまりこれは、レディースの日傘の次のステージであるところの、雨傘を平気で日傘として使用するオバチャン、というより高度な事象だと言える。

流行るどころが、日傘のなれの果てである、雨傘の日傘的利用にまで、世間は進んでいた。ここ数年の猛暑の夏が、あっという間に、日本の夏からネクタイを駆逐したように、その進化は意外と速い。


この分なら、オッサンが UV アームカバーをする日も、近いな。

オリンピック

オリンピックに興味もないし、見るつもりもない。

でも、開会式に向けての、言論統制・独立運動への弾圧を見ていると、これは 1936年のベルリンオリンピックの再来なのかなとも思う。一党独裁国家が、その威信をかけて開くオリンピック。その影では、民族浄化が行われており、そ れを黙認し、あまつさえ大手を振って開会式に参加する周辺国。同じ事を、人類は繰り返しているのか。


アジアの途上国が急速に発展する様を、あるいは東京オリンピックと重ねる人も居るかもしれないが、それとは、どこか、そして致命的に異なっていると、僕は思うのだ。どうして、屈託もなくあのイベントを楽しんで観られるのか、僕にはちょっと共感できない。

もしかして、来るべき未来、子供の世代にこう聞かれるのかもしれない。「その時、あなたは何をしていたのですか?」と。