幼い頃に引っ越してばかりだった僕には、故郷と呼べるような場所はない。
その年の夏休み、遙か九州の田んぼの中の一軒家に集まったのは、僕の後輩とその幼なじみ達。一人九州に残って教師をやっている友達の家に、みんな 帰ってきた。彼らだけに分かる歴史を共有した、仲間達。彼らの思い出の土地と、懐かしい空気。僕はいろんないきがかりで、その中に混ぜてもらいながら、で も傍観者としてその景色を眺めている。
車のヘッドライトを照らしながら、ギターを鳴らして歌ったり、花火を打ち合ったり。そういうドラマみたいな、映画みたいな光景ってあるんだな。夜まで大騒ぎしても大丈夫、だって、隣の家は山の向こうだから。
自分に故郷があったら、僕はこうして帰ってくるのだろうか。あるいは、そもそも都会になんて行かないで、ずっとそこで過ごしたんだろうか。無数の可能性、でも、決して実現しない。「根無し草は強い」なんてよく言うけれど、それは間違っていると思う。強くあらねばならない、のであって、強いわけじゃな い。
ヘッドライトに照らされた顔を見て、故郷があるっていいなと思う。でも、僕の人生とは違うんだ、ということもよく分かる。寂しさとも、嫉妬とも違う、ちょっとした憧れぐらい。