とりあえず、泊まる所を確保しなければ。で、そのリゾートホテルってやつはどうなんでしょう?民宿より快適じゃないのかなぁ?
「あのホテルはさぁ、島外の資本だからね、あんまりお勧めしないよ」
と観光センターのおっさんは言った。島に着いた日の午後のことだ。狭い島の中にあって、利益は連鎖している。早い話、客を回し合っている。その鎖の外に位置する「外資系」ホテル(国外という意味ではなくて、鹿児島の資本)は、あきらかに歓迎されていない。おっさんは続ける。
「民宿とかに泊まって、屋久島にどっぷり触れて欲しい、人と出会って欲しいんだよ、知り合いの民宿に電話してあげるから」
うんざりだ。
俺は休暇に来たのだ。ゆっくりできる、ケアの行き届いたホテルがいいのだ。旅行者と語り合ったり、ほのぼのと食器の片づけを手伝ったり、洗面所の流しを譲り合ったり、そんなことをしに来たのではない。俺はぜったい、その島に唯一のリゾートホテルに泊まる。観光センターのおっさんが否定すればする程、我々はそのホテルに泊まろうという意思を強固にした。
もちろん、観光センターはその「外資系ホテル」を紹介してくれなかったから、僕たちは飛び込みでホテルの駐車場に乗り付け、その場で部屋をとった。(思ったよりも、全然安かった)
結論から言えば、その外資系ホテル いわさきホテル は、良い宿だった。広く快適な部屋、教育の行き届いたスタッフ。正直言って、この僻地に、このようなホテルがあることは意外だった。オフシーズンの静かなホテルでは、一人旅とおぼしき女性が、夕暮れの海を一望できるロビーでゆっくり本を読んでいた。6階まで吹抜のホールには、大きな屋久杉の模型が、佇んでいる。目の前の海は、夕日を受け、まるで油を流したように輝いていた。
よくよく聞いてみれば、屋久島の自然をモチーフにしてなんとかいうアニメをつくった「あの監督」や、ここの自然にインスパイアされて曲をつくった 「あのミュージシャン」も、みんなこのホテルに泊まったという。自然を満喫するのに、わざわざ快適なベットや、水洗トイレを放棄することはない。そういうことだろうか。
そして食事。メインダイニングのレストランは予想以上に良かった。安くはないけれど、地の材料にきちんと細工をした料理には好感が持てた。山ほどバターを使った、屋久島産旭蟹のビスクスープは、記憶に残る心楽しい味だった。僕らは、夕食時にはちゃんと山から下りてきて、ここでご飯を食べるようにした。
「お客様、もしかして髭を召し上がられてますか?」
「は、はぁ」
夕食に注文した伊勢エビのグラタンは、殻を使ってなかなか綺麗に盛りつけられていて、ぴんとはった髭は、特に香ばしそうに見えた。だからポリポリ食べていたのだが、、。
「そ、それは、、食べられません、、」
それを食べたお客は、
「はじめて見ました、、」
確かに、枯れた珊瑚みたいな味がした。