かつて、ここに橋があった

Japanese apricot blossom.

Photo: “Japanese apricot blossom” 2015. Tokyo, Japan, Apple iPhone 6S.

かつて、ここに橋があった、という碑がある。

何年もその前を通っていて、今日初めて足を止めた。それは、今あるものの説明では無くて、かつてあったものの話だ。


誰かが、想いを持って作ったのだろう。しかし、それは覚えられること無く、ただ道ばたに存在している。

我々が日々、何かに自分の存在を刻もうとしていることと、そこに纏わり付く無力感。

「いらないな」と思う。

「今夜は蟹に行きましょう!」

Chilli crab

Photo: “Chilli crab” 2016. Singapore, Apple iPhone 6S.

「今夜は蟹に行きましょう!」

という宣言に、誰も反対する者は居なかった。一生懸命頑張ったからね。

市街中心部から車で 15分、ゲイラン。所謂、シンガポールの公娼地域。食欲と性欲が隣り合ったような、猥雑な地域に蟹屋がある。以前行った、サービス最低味最高の店の本店だったりするわけだが、サービスはまだこっちの方がマシだ。


蟹、やっぱり結構高い。後ろに立つ店員のババアのプレッシャーに耐えながら、慎重にメニュー構成を吟味する。絶対に外せないチリソースの蟹と、海老の胡椒炒めが軸になる。問題は、蟹も海老も、グラム単価だという点だ。(時価では無いだけマシだが)

中華系のババアの言うなりに注文すると、間違いなく大変な事になるのは目に見えており、まくし立てられる言葉をゆっくり受け流しながら、前菜、海老、蟹、焼飯とゆっくり決めていく。決して焦ってはいけないし、余計なものも頼まない。ン?カエル?んまいの?オススメ?

一種類ぐらいは挑戦で入れてみたカエルのフライ、実は衣の絶妙な味付けと、臭みの無い上品な白身で、とても良かった。


赤線のど真ん中の店にもかかわらず、客層は、旧正月の食事に来ている家族・親戚連れ、そして職場の同僚。つまり、ここは美味しいのだろう。

急に、店内に爆竹の音が鳴り響き、向こうのテーブルの一座が席から立ち上がり、箸で紅い色の料理をかき混ぜはじめる。旧正月のなにかの儀式のようだ。(あとで調べると 60年代に「つくられた」お祝い料理だそうだ)爆竹はスピーカーから流れるサウンドエフェクトだったりするところが、いかにもシンガポール。

例のババアになんの料理か聞くと、「魚生」と呼ばれる生魚を使ったサラダのようなものだと言う。早速売り込み攻勢をかけてきたが、値段を聞くと、なんかご祝儀相場で 8,000円ぐらいする感じ。蟹ぐらい高い。しかも、この暑さで生かよ!という怖さがあって頼まなかった。

さて、どろっとしたチリソースをまとってやって来た蟹は、立派な殻に覆われて、期待を裏切らない美味しさ。ババアの高いオススメを無視して頼んだ、一番安いシンプル焼飯に、ソースと身をたっぷりかけると、犯罪的な美味しさになった。

「ちっ、負けるかよ」

the view from Orchard load

Photo: “the view from Orchard load” 2016. Singapore, Apple iPhone 6S.

ピシッと整えられたシーツの上に、バックパックを投げ出して、「ちっ、負けるかよ」と思う。いや、声に出していたかもしれない。

オーチャードの繁華街に面する部屋は、意外にも緑が多く目に入ってくる。このところのホテルの部屋の窓から見た景色の中では、だいぶ良い部類に入るのではないか。


とにかく、夕飯までまずは寝ようと思う。3時間後のアラームをsiriにセットして、横になる。iPhoneが現地時間にローミングしているか、ふと不安になって見直す。大丈夫。

湿った外気でじっとりしていた体が、冷たいシーツで冷えていく。うまく寝られそうな気がする。

いつもシンガポールの出張はつらい。どんどんつらさレベルが上がっている気しかしない。ふり返ってみれば、その予感は、やっぱり当たっていたのではあるが。。