ブレードランナーの未来、手水舎のプラスティック

Photo: 境内 2002. Kyoto, Japan, Contax RX, Carl Zeiss Vario-Sonnar T* 35-135mm/F3.3-4.5(MM), Kodak EB-2, F.S.2

Photo: "境内" 2002. Kyoto, Japan, Contax RX, Carl Zeiss Vario-Sonnar T* 35-135mm/F3.3-4.5(MM), Kodak EB-2, F.S.2

「ひたすら働いてですね、気が付いたら 20年経ってましたよ。ほんとに、あっという間でした。日本はね、皆そうだった。そういう時代だったんです。」

深夜、タクシー運転手の言葉は、背後に流れていく首都高速の街路の光に吸い込まれていった。

不況のど真ん中で、仕事があるだけいいと思うこともある。そうじゃないだろ、と思うこともある。自分のやりたい事はしている。けれど、何を残せるのだろう、とも思う。多分、なにも残らない。ひたすら働いて、ふと気がついて、僕も誰かにそんなことを言うのだろうか。

伝統とか、文化とか、そういうものは、どうでもよくて、くだらなくて、悪いものだと思っていた。でも、そうじゃない。かといって、伝統と封建の世界がいいということでもない。ただ、そこにはなにかが受け継がれている感じがする。この時代にあって、それは多分、幻想なのだけれど。


「あなたが大人になる頃には、もう 21世紀なのね、、。」

小さい頃、そんなことをよく言われた。そして、世紀は変わり、未来は今日になった。

それは例えば、映画ブレードランナーが示した未来。真っ白い清潔な建物、透明のチューブに車輪のない自動車が通る、そんな未来の絵ばかりをみてきた人間にとって、ブレードランナーの未来は、驚きだった。古いもののうえに、猥雑に積み重なる新しいものという未来。息苦しく、混沌として、偽りと怒りに満 ちたビジュアル。事実は、いくらかそっちに近い。

ア然とするぐらい、昨日の続きとして、21世紀はやってきた。
「21世紀なんだよね」

空を見上げて、そんなことを言ってみても、いまさら気の利かない冗談にもなりはしない。


京都比叡山、21世紀。

手水舎に置かれた水盤には、どう見ても数百年の年季が入っていて、それは冷たく新鮮な湧水に満たされている。太陽が、昔と変わらず、じりじりと石肌を温めている。

そこにプラスティックの柄杓。

それが、21世紀の今日。受け継がれた、未来。


注: てみず‐や【手水舎】神社で、参拝者が手を洗い、口をすすぐための水盤を置く建物。おみずや。[株式会社岩波書店 広辞苑第五版]

10周年記念モデル ThinkPad X30 10th Anniversary Limited Edition

Photo: 考える箱の箱 2002. Tokyo, Japan, Canon Power Shot G1 2.0-2.5/7-21(34-102), JPEG.

Photo: "考える箱の箱" 2002. Tokyo, Japan, Canon Power Shot G1 2.0-2.5/7-21(34-102), JPEG.

そして、IBM ThinkPad X30 10th Anniversary Limited Edition がやってきた。

そりゃ、275,000円は高い、高すぎる。それは、よく分かっている。こういうアホなものを買うのは日本人だけだということもよく分かっている。

でも、まあ、せっかくですから。


この長い名前の TP(ThinkPad) について簡単に説明すると、これは IBM が世に初めて TP を送り出してから 10年目を記念しての 2002台限定モデル。ベースになっているのは、日本未発売のミドルレンジ B5 サブノート X30 で、これに(色々な意味で有名な)ミラージュブラックの特別塗装が施される。さらに、この国内限定版 X30 の最終組み立ては、日本で行われる。

実は、使ってみた感想というのは、あんまりない。いつもの TP。OS をセットアップして、いつも使っているソフトウェアをインストールし、昨日までのデータと設定を移行すれば、何の違和感もなく使い始めることができる。

いつものことだが、キーボードは素晴らしい。妙な言い方だが打てば打つほど楽しくなってくる感じがする。キーストロークが深く、剛性感も高い。このあたりは、TP の独壇場であって、いつもの TP という期待を裏切らない。

S30 や X20 系では、いまいちスムーズさに欠けていたデザインが見直され、綺麗なスクウェアデザインになっている。ラップトップという言い方は、使われなくなって久し いが、この TP は発熱が少なく、文字通り膝の上でつかってもあまり熱くない。電力消費と放熱のマネジメントがしっかりしているという印象を受ける。


磨くことに疲れた。人生の意味を考えた。故郷の親を思い出した。など、さまざまな意見を聞く、特別塗装ミラージュブラックだが、これは確かに手入れ が大変。ピアノと同じ鏡面仕上げの表面を綺麗に維持するというのは、まあ、無理。それに、ノートPC を開いて使っていると、実は塗装面はまるで目に入らない。しかし、その手触りはすごい。モニタの角度を変える、掴む、持ち運ぶ、そういう状況での手触りの 良さ。道具としての質感の高さで、全体的な印象はかなり高い。

もちろんその他にも、いろいろと細かい改良が加えられている。少し前の TP は、開けるときに両手を使う必要があった。TP は、開ける際に 2箇所のロックを外す必要がある。以前は、この 2つのロックを同時に引きながら開ける必要があったのだ。これでは、片手がふさがっている、あるいは不自由な場合に開けることができない。X30(もっと 前のモデルからそうなっているのかもしれないが)では、ロックを片方ずつ外して、片手で開けることができる。


膝に乗せた時の剛性感、手に持ったときのウエイトバランス、各種コネクタ類の組み付け精度の高さ。店頭でちょっと触ったぐらいでは、このような感覚 的なものまでチェックすることは、なかなか難しい。ノートPC は道具であり、体験である。重要なのは、このようなカタログには現れないモノとしての誠実さだ。見えにくいところできちんとコストがかかっている。そうい うものを選ぶことができる自分でありたいと思う。

それに、まあ、せっかくですから。


注1:US の shop ibm 価格で X30 の英語版同型モデルが $2,569(通常塗装)で 31万円ぐらいなので、実は高いというわけではないのだが、、。
注2:ミラージュブラックの TP は、写真にあるようなおめでたい紅白パッケージに入ってやってくる。写真からシリアル番号は消してあります。

アイリッシュの五月蠅いマスター

Photo: 2002. Tokyo, Japan, Canon Power Shot G1 2.0-2.5/7-21(34-102), JPEG.

Photo: "麻布の旗" 2002. Tokyo, Japan, Canon Power Shot G1 2.0-2.5/7-21(34-102), JPEG.

アイリッシュの店を紹介してもらった。

値段が安い。遅くまでやっているし、歌舞伎町の入り口すぐのところにあるから、行きやすい。料理は、値段の割りに美味しい。トマトのフライなんて、少し気が利いてる。ギネスの泡も、許容範囲。

たった一つ、問題は、マスターがうるさいこと。賑やかで楽しい、というのではなくて、ただ声が大きくて押し付けがましい。話しが長い。説教くさいバーテンダーほど、嫌なものはない。


カウンターでぼんやりと飲んでいると、かのマスターが話しかけてきた。なにやら、一人で酒を飲む事の利点について、語っている。
「一人で飲んでるときはボーッとするのがいいんですよ!」

そうね。だから、ほっといてくれ。

「あとね、小説とかもいいんですよっ!何も考えなくていい、馬鹿みたいな本を読むんです。村上春樹とか。」

僕はその時、村上春樹の「1973年のピンボール」を持っていたのであって、よほど、「これのこと?」と鞄から取り出そうかと思った。が、このアホ になにを言っても仕方のないことだと思い直して、気の無い返事をしておいた。時間が早ければ、いつもの店で飲みなおしたいぐらいだ、、。


この店、皆で飲むには安いし美味いし、なかなかよいが、一人で行く事は慎むべきだろう。まあ、はまってこそ、良い店の有り難味も分かるのだけれど。


注:この写真は、いつものお店の方。