
冬、12月。
江東区、佐賀町。
食糧ビル。
水天宮前で地下鉄を降りる。箱崎の IBM を横目に見ながら、隅田川を目指して歩く。どんよりした曇空を映す川を渡り暫く歩くと、この古めかしい建物、食糧ビルが現れる。
その日、ファインダーを通して覗く世界は薄暗く、風は冷たかった。寒さと疲れで体は痛み、感情は後退し、理性だけがクリアに動いていた。そんな気分で撮った写真をこれから何枚か、紹介していきたいと思う。
シリーズ、江東区佐賀町、はじまりはじまり。
彼女がベランダでスミレを育てていることを、旦那は知らなかった。
「え?そんなの育ててたの?」
それは、ちょっとした秘密だったのかもしれない。あるいは、単にぽーっとしていただけなのかも、、。
なんにしても、僕がその家に遊びに行って、うろうろしていると、プランターのスミレの上を、カメムシがうろうろしていた。
丁度水をやる時間だったから、写真を撮りがてらカメムシと遊んでみる。少し冷たい水を、そっと降らせると、ごそごそ動く。
それは初秋の頃のこと。秋の柔らかい日差しが、少し冷たい風を運んできた。
注:この虫が何と呼ばれるモノか、自信がないので分かる方が居たら教えてくださいね。
水は、至る所からわき出していた。岩の隙間の柔らかな苔の縁から、あるいは、灌木の生い茂る山肌から。
たどっても、たどっても、結局は源流なんてものは無かった。水の湧き出る岩の隙間。その先には山の奥深くに伸びる帯水層があり、その上には雨に向かって枝葉を広げる山の木々がある。そして、見上げると、空がある。全ては、繋がっている。
答えは、簡単だった。
急傾斜の岩場にしがみつきながら、上に向かってのろのろと進んでいると、うっそうとした森に、眩く太陽が差し込んだ。それまで、しっとりと深い緑に覆われていた水の流れが、キラキラと輝き、黄金色に染まった。
何もかもが、はっきり見えた。柔らかい苔の葉が、太陽の光を吸って、呼吸している。水は、一時の休みもなく形を変えながら、その上を流れていく。
僕は必死にカメラのシャッターを切り、山が旅の最後に与えてくれた輝きを、フィルムに刻みつけた。ファインダーを通して、暖かい光が、僕の顔を照らした。
一時の後、光が弱まった。また、雲が山頂を覆ったのだ。水の音は、まだしていた。山は、まだ上に続いていた。
なんとなく「もう充分だろ」と言われている気がした。僕も、「うん、そうだね」と思った。カメラの水滴を払い、もう一度、その神秘な生き物の姿を振り返った。
四万十川遡上の旅は、終わった。