旅&食の記事一覧(全 233件)

バーテンダーはなぜ風邪をひかないのか

Photo: “Daydream in the bar.”
Photo: “Daydream in the bar.” 2019. Okinawa, Japan, Fujifilm X-Pro2, Fujifilm M Mount Adaptor + Carl Zeiss Biogon T*2,8/28 ZM, PROVIA film simulation.

数年前に「かぜの科学:もっとも身近な病の生態」という、なかなかに分厚い本を読んで、もはやだいぶ内容は忘れてしまったのだけれど、風邪やインフルエンザの感染経路の多くが、目や鼻であるという実験結果が印象的だった。(風邪の人を閉鎖施設に集めて、鼻水だらけの手でポーカーをえんえんとさせるとか、凄い対照実験が行われていた)人の手は、容易に感染源に触れるし、更に無意識に1時間に数十回、自分自身の鼻や目を触る。そして、その粘膜を経由して、感染が発生するのだ。だから、感染を避ける実効的な習慣とは、目や鼻を触らないようにし、手洗いをきちんとすること、その2点に尽きるという。

この分厚い本を読んでから、出先で素手で目や鼻に触らないように気をつけ、トイレに入る度に念入りに手を洗っている。「よく手を洗いますねぇ」とトイレで声をかけられるレベルで、という事だ。そうして、それが習慣になって以来、インフルエンザにも寝込むような風邪にもかかっていない。(別の事で死にかけはしたが)


さて、バー。基本一人で行くから、やることと言えば、バック・バーに並ぶ酒を眺めたり、バーテンがカクテルを造る所作を眺める事ぐらいしかない。そして、彼らの立ち振る舞いを見ていて、ふと、顔を触ってるバーテンって見たことないなと思う。バーテンダーって、顔を触らないように気をつけているとかあるの?

「はい、それは厳しく言われますね。首から上を触るなと。」

そう答えるバーテンダーは、頰に手を当てて考えているようなポーズをしているが、実は手は顔に触れていない。そうなのだ、(まっとうな)バーテンダーは顔を触らない。そして、彼はこの仕事について以来、風邪をひいて寝込んだ事はないという。見習いから入って、店を持つまで15年はかかっているだろう。

バーテンダーはカウンターが職場だから、他の接客業に比しても顧客との距離が近い。バーに来るいろんなコンディションの人と、接する立場にあるだろう。それにしては、風邪がうつったりしていないのかもしれない。飲み物をつくる立場として、顔を触らないというルールがある珍しい職種であることが、結果として風邪にかかりにくい振る舞いになっているのかもしれない。

そんな事を話しながら、そうは言ってもこの元剣道部のバーテンダーは、相当に体が頑丈そうだな、とも思った。

ビリヤニ原理主義

Photo: “Mutton biryani at SAHIFA KEBAB & BIRYANI in Roppongi.”
Photo: “Mutton biryani at SAHIFA KEBAB & BIRYANI.” 2019. Tokyo, Japan, Apple iPhone XS max.

東京で一番うまいビリヤニが有る、そう言われてインド人に連れてこられた。それが、この店の最初だ。

六本木駅から、ミッドタウンに向かう道すがら、こんな所にインド料理屋が有るなんて思いもよらない、そんな場所にある。

ビリヤニは、恐ろしく面倒な料理で(一度自分で作ってみて、二度と作らないと心に誓った)、出す曜日が限られる店や予約限定の店、そもそもビリヤニをやっていない店も多い。しかし、この店の名物はビリヤニであり、予約無しでいつでも注文することができる。選択肢はチキン、マトン、ベジタリアン。このうち、マトンが我々のビリヤニ像に対する期待値に最も近い。量は、とても多いので一人一皿は止めた方がいい。前菜は控えめに。ビールは1杯ぐらいにしておきたい。


出てきたビリヤニの見た目は、これと言って特徴が有るわけではなく、生タマネギが鎮座してぶっきらぼうな感じ。でも、一口食えば分かる。この店のビリヤニは、日本の他の店で食べるのと全然違う。誰かが言った感想、「土食ってるみたい」というのが、多分一番核心に触れている。

口に含んだ、一塊のビリヤニから、とんでもない量の情報が流れ込んでくる。基調を成しているのは、ホールのカルダモン。それに、シナモンを先頭に多種のスパイスが折り重なって、混ざり合う。融け合ってはいない、混ざっている。食べものから新しい情報を摂取する、という感覚に直面したとき、これが果たして食べものなのか、飢えを満たすために食べているものなのか、より高位の何かなのか判然としない感覚に包まれる。

美味いの?と訊かれて、美味しいです、と即答することは難しい。なぜなら、美味い、不味いという今までの尺度には絶対に並ばないタイプの食べものなのだ。凄い、というのが素直に出てくる感想。


それにしても、このビリヤニというものは、食べられる部分と食べられない部分(シナモンの木とか)が混在していて、とても食べ辛い、何故だ。と思えば、インド人が実演する手で食べるやり方。なるほど、指で触ると可食部と不可食部がよく分かり、口に運ぶ前により分ける事ができる訳か。そして、下に敷いてあるバナナの葉は、その上で指を使って食べるときに、飯をうまく滑らせる効果が有るのだという。

量が多いので用心して頼んだマトンビリヤニ1皿ではどうにも足りない、で、ベジタリアンを追加。その味は、単にマトンビリヤニから肉を抜いた、という代物では無かった。野菜とスパイスとギーで、ゼロから構築された全く別の料理になっている。その上で、肉が使われていない穏やかな味。驚くことに、こっちの方が「美味しい」という概念には近い気がする。

とにかくこの料理については、未知な事が圧倒的に多い。そしてビリヤニがある種の中毒的な食べもので有ることは、こうして平成最後の記事を心穏やかに書いているにも関わらず、胃の腑からビリヤニを求める声がする事からも、明らかだ。

大手町のハンブルグステーキ

Photo: “Hamburg Steak.(Tsubame Kitchen)”
Photo: “Hamburg Steak.(Tsubame Kitchen)” 2019. Tokyo, Japan, Apple iPhone XS max.

大手町で仕事が終わった11:24。ランチに絶好のタイミング。どんな人気店でも入れる。

田舎侍には、大手町ランチの選択肢なんてとっさには浮かばない。そう言えば、つばめグリルで食べた、という話をたまに聞くが、行ったことがない。Oazoまで少し歩く。

つばめKITCHEN、なんか名前が違うけれど、だいたい同じようなものだろう。接客はとてもきちんとしていて、カウンターもあったけれど、うまくテーブルに案内してくれた。


初めて来たのだから、30年前からの看板メニューを選ぶのが良いのだろう。つばめ風ハンブルグステーキを頼むと、出てくるまで暫く時間がかかった。ランチ時の人気メニューでも、作り置きをしていないのだろう。

後で調べると、アルミフォイルで包まれたハンバーグの演出が目新しくて、当初は人気が出たと書いてあった。今となっては、フォイル包みは目新しくないが、この店がパイオニアなのだろう。包みを破ると、小さなシチュー肉も添えられていて、嬉しくなる。店内でひいた粗めの肉はうまいし、付け合わせの野菜も、皮付きのジャガイモも、丁寧に作られている。

飾りに付いている立派なクレソン。自分で料理をしない人は、クレソンを食べずに放っておく。僕にはできない。


右隣の二人組は、仕事の打ちあわせをしながらの食事。せっかくの料理を、もうちょっと楽しめば良いのに。左隣の老人は、僕より後に注文して、僕より早く食べ終わり、丁度の小銭をきっちり数えてから席を立った。永く、つばめグリルに来ているのだろうか。

大手町は支店だが、元は戦前から続く店だ。現代のランチ価格から言えば、少しだけ高いと思う。しかし外食が贅沢であった時代の、ちゃんとした材料を使う店だ。12時を過ぎて店が混んでも、丁寧な接客は変わらなかった。東京駅の目の前で、こういうものがこういう値段で食べられるのは嬉しい。浅草あたりの、意味不明な洋食を意味不明な値段で食わされる店よりずっと良い。気が利いている。