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1900年代最後の日

Y2K で出社したはいいが、やることが無くて暇で暇で仕方ない皆さん、ご苦労様です。とうとうネットサーフィンを始めてしまったのですね。こんばんは、羊ページです。


さて、せっかくなので、1900年代最後の日を記念して、20世紀でも振り返ってみようかと思ったが、かったるいのでやめた。第一、この文章を書い ている段階で、既に世界の一部では 2000年を迎えてしまったらしい。CNN のライブが、ニュージーランドで華々しく打ち上げられている新年の花火を中継している。そう考えると、なんとなくマヌケである。技術革新によって、世界は 小さくなってしまった。

確か一昨年も、熱を出しながら年を越したような気がするが、今年もそんな感じになるようだ。熱に浮かされ気味で、この文章を書いている。(そういえば、今年は年賀状を買ってすらいないので、関係者の方は期待しないで欲しい)


少しだけ、1999年最後の週の出来事を書いておく。週の前半、病院に行って「シロ」の検査結果をもらって、晴ればれと会社に行った。ここ2ヶ月ば かりずっと取り組んできた仕事が、ようやく完成したこともあって(ぎりぎりオンスケジュール)どう考えても「打ち上げたい気分」だったのだが、タイミング 良く、タイミングはずれの、忘年会が決行された。

世界で一番使われていて、世界で一番(多分)嫌われているソフト屋さんと、遅ればせながらの忘年会。世間では、悪の帝国とか言われているようだが、 つきあってみれば悪い人達ではない。むしろ、毎日、朝から朝まで働いて(誤記ではない)、タフというか軍人みたいというか、とにかく偉い人たちだと思う。 いつもは飲んでも仕事の話しに終始してしまうのだが、この日は珍しく和やかムード。今年は、いろいろ苦心して種まきをしたので、来年は収穫の年になるとい い。

実は、この日位から、既に熱が出始めていたものの、無理矢理出席。ここのところ、体に無害なものばかり食べていたので、体に悪くて旨い物が食べたく て仕方無かった。適当なビアレストランに入って、地ビールで乾杯。そして、出てくるものを片っ端から食べた。エビの丸揚げとビーフンの炒め物、大盛りの牛 のタタキ、よく冷えた陶器のジョッキいっぱいのレーベンブロイ、ザワークラフトとこんがりしたチョリソ、お好み焼きのようにでかいコロッケ、なんたかマル ゴーとかいうワイン、、。

翌日は、もうだめ。あらゆる点で、張っていた気分が緩んだので、一気に揺り戻し。一応仕事納めなので、会社には行ったが早々に退散。今年度の仕事の 内容を決めるためのインタビュー(大切)、をやったのだが、熱が上がってしまって一部支離滅裂なことを言ったような気もする。インタビューが終わってす ぐ、家に帰り、寝込んだ。


それから 2日、あんまり熱は下がらない。そのまま 1999年は終わろうとしている。それでも、いろいろと区切りはついたので、まあ、いいか。公私ともに、良くも悪くも、やらなきゃならんことは、やった。

そんな年末。

注:日本では、21世紀は 2001年からってことで、お祝いは控えめにしているようだが、海外では難しいことは考えずに思いっきり 2000年を祝っているみたい。今年は Y2K もあっておちおちしていられないから、ある意味2001年を祝った方が賢いのかもしれんが、、。

台風あるいは、Y2K

多分、台風が来ると、無意識のうちにわくわくしてしまう人、というのは居るはずだ。

あるいは、大雪が降りそう、なんてことになると、何かを期待してしまう人も居ると思う。

Y2K にも、どこかそんな所がある。不謹慎なお祭り気分というか、非常事態特有の盛り上がりというか、そんな感じ。しかも、僕なんかは超関係者として参加するわけだから、さらにライブ感が増すというものだ。

まあ、実際には、正月のくそ寒い中、早起きして電車に乗ったりする段階でウンザリするのだろうし、「去年は今頃スキー場だったぞ」とか思うとさらにウンザリだろう。昼飯だって、冷え冷えの弁当だろうし、コールが無くて暇でも酒飲んで待ってるわけにもいかないし、、。

漠然としたワクワク感と、散文的な現実。その意味では、大雪でせっかく気分が盛り上がっても、動かなくなった電車に詰め込まれてたちまちげっそりするのと同じことだ。


しかし、違う考え方もある。それは、輝かしい「オヤジ武勇伝」の 1ページとしてのY2Kである。この Y2K 騒動に荷担しておけば、あとあと「ミレニアム・オヤジ武勇伝」として使えることは間違いない。これは、とても貴重だ。

10年後。新年会の宴もたけなわとなった頃に、「あの時は一時間に 30本の電話をさばいたもんだよ。だいたい最近の、、」とか語りだして、不幸にも隣に座ってしまった非Y2K世代の同僚に迷惑をかけることができるのである。

戦後生まれで、全共闘でもなく、バブルにも乗れなかった世代。女子大生ブームの頃は中高生で、コギャルブームの頃は大学生だった日の当たらない世代。そんな僕らには、実は、Y2Kぐらいしか武勇伝のネタはないのだ。

注:よくよく調べてみたら、僕のシフトの時間はちゃんと(暖かい)食事が用意されるみたいだ。通常よりは、メニューの選択肢がぐっと減るが、冷やご飯よりずっといい。

リンク

羊ページは、他サイトへのリンクを、僕の個人的、かつ実世界での(妙な表現だが)知り合いに限って掲載している。これは、僕がネットに友達がほとん どいない、ということもあるし(仮想世界でのお付き合いというのは苦手)、人気が無いのでリンクを申し出てくれるサイトがあんまりない(リンク張りにくい かな?)ということもある。しかし、最大の理由は、僕自身、ネットの世界独特の「付き合い方」にあまり首を突っ込みたくない、という点にある。


例えば、羊ページのリンクにはコメントがついている。いくぶん失礼なことも書いているが、相手は皆、現実の世界でよく知っている友達。だから、「こ れぐらい書いても怒らないだろう」という読みがある。しかし、同じ調子で、メールのやりとり程度の関係しかない人を相手に、リンクのコメントなんて書いた らどうなるか。かなりの確率で、むかつかれるに違いない。

あるいは、Webサイトの維持というのは、なかなか難しいから、リンク先が開店休業になったり、路線をかえたり、とち狂ったり、行方不明になったり するかもしれない。もともと友達なら、「まあ、友達だしいいか」で済むが、ネットでのお知り会いだとそうもいかない。リンクを消したものか、維持したもの か、胃が痛くなる。まさか、「最近、貴方のサイトはとち狂っているとしか思えないので、リンクを外します」とは言えまい。あるいは、「たぶん死んでると思 うので、リンクは勝手に消しました」とも書けまい。


そもそも、リンクと言うのは、何かの関係があるから、張られるものだ。(元々は、ドキュメントの内容に関連するリソースにリンクするための機能だ) で、もしその「関係」の根拠が、「ネット上での知り合い」だけにあるとしたら、こんなに曖昧なものはないと、僕は思う。もちろん、ネットの上での知り合 い、という、ある種の「軽さ」を楽しめる人には良いのだろう。そういう「軽さ」は、確かに楽しい。しかし、僕には、どうしてもそういう軽さは馴染まない気 がする。地に足のついていない感じが、なんとなく僕を疲れさせる。

どんな疲れか、正確に言い表すのは難しい。無責任で一面的なネット上の自分の人格の上に、築きあげる関係。もう一人の自分。唯一似ている気がするのは、夜の街で遊んで、帰ってきたときに感じるような疲れ。そんな感じだろうか。

注1:羊ページは、個人のサイトからのリンクについては、自由に行っていただいて結構です。むしろ、リンクするべき。
注2:別に夜の街で、怪しく遊んでいるわけではない。誤解無きよう。