食卓塩の瓶は、マスプロダクトのデザインとして完成されている。合理的で、効果的で、無駄がない。
例えば、ゲランド海塩の小さいサイズ(それでも食卓塩の倍はあるが)の紙とプラスチックでできたボトルは、あまり合理的とは言えない。簡単にこけるし、スライド式の開け口はいつも半開きになって、しょっちゅう湿気っている。
その食卓塩の瓶を、緩やかに捻る、ということを誰が考えついただろう。横に写っている味の素の瓶しかり。
僕は、既に完成されたデザインを、テコのように使って、別のものをつくってしまうことが、何かちょっとずるいなと思ってしまうし、どうしても否定的な目で見てしまうのだが、これは素直にやられた感じがする。
誰もが知っている記号がちょっとずれている感じ。キャンベルのスープ缶よりも、日本人にはこっちの方が馴染みがあるということもあると思う。
私も塩に携わっており、食卓塩のデザインが大好きで何かに活かせないかと思っていました。
これは、おもしろいしかわいいですね!
できましたら、写真をfacebookに掲載したいと思っております。
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