縄文杉と携帯電話

2001. Yakushima, Japan, Nikon F100, AF ZOOM NIKKOR 35-105mm F3.5-4.5D, Fuji-Film RHP III
2001. Yakushima, Japan, Nikon F100, AF ZOOM NIKKOR 35-105mm F3.5-4.5D, Fuji-Film RHP III

「もしもし、あー、今ねぇ、縄文杉の前」

そう、縄文杉の前では携帯電話が使える。


日ごろメディアで取り上げられる縄文杉は、実は緑の生い茂る上半分。下半分は、大変なことになっている。

縄文杉周辺には大量の観光客が訪れるため、木の周辺の土が流出してしまった。それを食い止めるために、木の周辺に木製のテラスがかけられている。観光客は、そのテラスの上以外を歩くことはできない。

自然に触れるために人間が入るほど、自然は壊れる。メディアによって過剰に取り上げられた一本の木に、毎日何百人の人間が押し寄せる。それが、もう一つの「屋久島」の姿だ。


朝から登山をはじめると、だいたい昼ぐらいに縄文杉までたどり着く。実は、縄文杉は山の中盤ぐらいにある木で、もっと本気で登山をする人は、山中での宿泊を前提にもっと先まで登っていく。

ここで引き返す人々は、縄文杉を眺めながらのお昼ご飯となる。山岳ガイドを雇った人たちは、ガイドがその場でコーヒーを沸かしてくれたり、缶詰ミカ ンのデザートがついたり、ちょっと優雅なお昼となる。僕たちはそれを横目で見ながら、自分で背負ってきた弁当を広げる。疲れと暑さで、あまり美味しくは感 じないが、それでもたどり着いた達成感でまあまあ食べられる。それにしても、炎天下の登山で食べるエビフライは結構きつい。おかずの選定はもう少し慎重に 行う必要がある。(そういう問題ではないが)


縄文杉の前では、皆記念写真に余念がない。僕も、ここまで来た「証拠」を残すべく縄文杉にレンズを向ける。無惨に露出してしまった根っこや、観光客 用の木製デッキを、ついフレームから外してしまう。そうやって、「美しくあるべき縄文杉」の写真が、また生産されるというわけだ。

実は、ここであまりゆっくしはしていられない。日が暮れるまでに、なんとしても下山しなければならないからだ。電話を一本かけて、バシバシと縄文杉を撮って、汗を拭いたら出発だ。

こんな炊飯器はイヤだ

友人曰く、結婚すると、炊飯器が 2つになってしまうらしい。あまった炊飯器を誰か引き取らないか?という話。

セラミック鍛造厚釜ならもらう」
は分かる。

VEGAエンジンが入ってればもらう」
は、分からなくはない。

「残り湯で炊けるならもらう」
ホントか?(どこか商品化してみませんか)

「散歩のとき 何か食べたくなって」

Photo: 2003. 小鰭と鯛の握り Tsukiji, Tokyo, Japan, Contax Tvs Digital, Carl Zeiss Vario Sonnar T* F2.8-4.8/35mm-105, JPEG.
Photo: 2003. “小鰭と鯛の握り” Tsukiji, Tokyo, Japan, Contax Tvs Digital, Carl Zeiss Vario Sonnar T* F2.8-4.8/35mm-105, JPEG.

美味しいものについて書かれた、ちょっと昔の本というのは面白い。今の、商業主義にどっぷりひたった、世知辛いグルメ本みたいなものと違う、もっとマニアックで、好きでやってるぞみたいな、そういう感じ。


たとえば、池波正太郎の「散歩のとき 何か食べたくなって」は良い。

池波が若い時分から親しんだ、日本各地の食べ物について、実に楽しそうに書いてある。作者に失礼な気もしてしまって、ここに書いてある店にどんどん 行こうという気分にはならないが、(値段もあまり安い店ではないし、代替りもしているし、、)池波のリズムの良い食物談義は、読んでいるだけで十分楽しい。ちょっと気取って、ふらふら一人でどっか新しい店を開拓に行ってみたくなる。


それにこの本、巻頭についている料理の写真がなんとも格好良い。京都松鮨の川千鳥、みの家の桜鍋、村上開新堂の好事福廬。正確無比な写真というわけではないのだけれど、70年代の色合いというか、その時代の雑踏みたいなものが、そこにはある。

もうちょっと日本が若かった時代の、そういう空気の漂う写真。自分の記憶にあるわけがないのだけれど、最近、そういうものが妙に懐かしく感じる。

注:「散歩のとき 何か食べたくなって」, 池波正太郎, 新潮社, 1981.