漬け物協会

Photo: 2000. Sagacho, Japan, Nikon F100, 35-105mm F3.5-4.5D, Agfa

Photo: 2000. Sagacho, Japan, Nikon F100, 35-105mm F3.5-4.5D, Agfa

「もうこのビルはだいぶ古りぃからなぁ」

佐賀町2000に見切りを付けて、ビルの中をうろうろ歩いていると、年輩のおっさんにつかまった。丁度、僕が廊下で壊れかけの窓枠を撮っている時 だった。おっさんは暇だった。そして、彼の職場であるこの古くさいビルの中を、カメラを持ってうろうろしている僕も、十分に暇なのだった。


この食糧ビルというのは、雑居ビルである。中には、幾つもの会社が入居している。「漬け物協会」とかそんな名前の団体もあったりして、謎な雰囲気の漂う建物だ。しかし、建築としての美しさと風格には、確かなものがある。

ファインダーを覗いて、とりあえずシャッターを切れば、絵になるカットがいくらでも撮れる。だから、雑誌のグラビアや映画・ドラマの撮影に、日常的に使われている。


彼の口からは、次々と今時の(ちょっと古いかもしれないが)芸能人の名前が出てきた。「あー、広末も来たんですか、、ふーん」

このビルの一室で、今は保険の代理店を営むおっさんは、かつて、このビルで穀物を売り買いしていた会社に入社した。以来、この建物でずーっと働いて きたのだった。この建物の住人というのは、多分そんな人たちが多いのであって、後から出来たギャラリーとか、アートスペースというようなものは、彼らには きっと洒落臭いだけのものなのだろう。

「このさぁ、朝顔(男用の便器のことね)とかがさぁ、良いって言って喜んで撮ってくんだよね。あのー、なんだっけ反町のドラマだよ」

おっさんとえんえん話して、別れを告げて、近所の店でラーメンとおにぎりを食べて、帰った。食糧ビル、それを見に行ったような一日だった。


注:食糧ビル内は、基本的にギャラリーエリア以外は、一般客は立ち入りが禁止されています。関係者と仲良くなれば、もしかしたら、いろいろ見られるかもしれませんが、くれぐれも無断で私有部分に立ち入らないようにしましょう。

中庭

Photo: 2000. Sagacho, Japan, Nikon F100, 35-105mm F3.5-4.5D, Agfa

Photo: 2000. Sagacho, Japan, Nikon F100, 35-105mm F3.5-4.5D, Agfa

中庭。

「佐賀町エキジビット・スペース」の正面入り口、受付カウンターを「くぐって」ベランダに出ると、この中庭を一望することが出来る。

中庭、という空間は不思議な場所であって、そこには閉じた時間のようなものが、流れている。かつて、日本中から米が集められ、仲買人達がこの庭で商品を吟味した。目利きのためには、太陽の光が必要だったのだ。そして、それも今は昔。


窓枠にも、あるいは、中庭を囲む回廊の柱にも、優美なアーチが用いられている。建設当時は、もしかしたら、ちょっとお洒落すぎる建物だったかもしれ ない。それでも、70年以上の時を経て、建物は成熟した。ボロくなった、というのとは少し違う。手入れをされながら、ゆっくり年老いた建物。そして、そこ には生活する人たちの匂いがしっかりと染みついている。

そんな感じ。


注:本来、ベランダに出てウロウロしてはいけないようだ。ガードマンのおじさんに見つかると、かなり怒られる。

食糧ビルの入り口は美しい

Photo: 2000. Sagacho, Japan, Nikon F100, 35-105mm F3.5-4.5D, Agfa, Text 2001.4.15

Photo: 2000. Sagacho, Japan, Nikon F100, 35-105mm F3.5-4.5D, Agfa, Text 2001.4.15

食糧ビルの入り口は美しい。

アーチ型の梁が生み出す、柔らかい影と、歴史に裏打ちされた存在感。

この近代洋風建築は、もともと米穀の取引のために建てられた。1927年のことだ。高い天井、美しいアーチ、そして建物を特徴づける、広い中庭。かつては、この中庭に商品の米を並べて、取引をした。


このビルの三階に居を構えるオルタナティブ・スペース。「佐賀町エキジッビト・スペース」が、17年の歴史に幕を閉じようとしていた。20世紀があと 2日で終わろうとする 2000年12月30日、この場所は今日を限りに終幕を迎えようとしていた。

世紀の終わり、ふとしたきっかけで、その場所に行ってみたくなった。普通の生活。その中で 20世紀の最後は、なんの感慨も区切りもなく過ぎてしまいそうであり、それならばむしろ、なんの馴染みもないとはいえ、一つの「場」の終焉でも見に行った方がリアルなんじゃないか。

そんな気分だったのだ。


注:オルタナティブ・スペースって何?と言われるとちょっと分からないのだが、モダンアートとか展示しておくところで、かつ、美術館とかではない、ぐらいの意味だろうか。違ってたらゴメンなさい。