ディストピアビュー

"From room window."

Photo: “From room window.” 2017. Vladivostok, Russia, Fujifilm X-Pro2, Fujifilm M Mount Adaptor + Carl Zeiss Biogon T*2,8/28 ZM, ACROS+Ye filter


ホテルの部屋の窓から、必ず写真を撮る。ここ数年、そうしている。

ウラジオストクの中心部から少し離れたホテルは、前の道路が路面電車のレールの撤去工事中で、空港からのタクシーは容易に近づくことができなかった。結局、300mほど離れた高速の高架の下で降ろされる。おそロシア。


見たことのないブランドのエレベーターに乗って(外国に行くと、エレベーターのブランドを見てしまうのは僕だけか)、5階へ。緑色の扉を開けると、部屋は思ったよりも広く、ベッドはやたら低く、そして何か虫が飛び回っていた。夏のツンドラが、酷く羽虫に覆われるように、ウラジオストクも存外虫が多い。

レースのカーテンを開けて、外を眺めると、そこは元国営工場か何かの廃墟。巨大な朽ちかけのコンクリート製サイロが、部屋からのビュー全てを覆い尽くしている。あえて言うなら、「サイロビュー」。朽ちているように見えて、車両が停まってなにか工事をしているような雰囲気もある。謎の給水塔のような巨大な部品が、側らに転がったまま錆び付いている。こんなディストピアな景色を展開するホテルには、ちょっと泊まったことが無い。大変、気に入ってしまった。

虫を追い出そうとして、窓をいじっていたら、窓ごと外れかけた。それもまた、おそロシア。

シベリア鉄道9400キロ

"Preaparing departure of Trans-Siberian Railway"

Photo: “Preaparing departure of Trans-Siberian Railway” 2017. Vladivostok, Russia, Fujifilm X-Pro2, Fujifilm M Mount Adaptor + Carl Zeiss Biogon T*2,8/28 ZM, ACROS+Ye filter


「シベリア鉄道9400キロ」という本を、僕は何度読み返したか分からない。その本は、恐らく僕が初めて読んだ紀行文であり、こうして自分が旅のことを書くきっかけになったのではないかと思う。というか、今、そう気がついた。


1982年の「ソ連邦」時代のシベリア鉄道の旅を描いたこの本、今は手元に無いが、酒が手に入らないやるせなさと、食堂車のメニューが軒並み「ニェット」であった事の印象ばかりがある。

そして、自分の目の前に(多分)シベリア鉄道である所の車両が停まっている。当時ウラジオストクは軍港都市として外国人の立入は許されて居らず、本にはもちろんウラジオストク駅の記述は無い。この駅はまさに、シベリア鉄道の終着駅であり、あるいは極東からモスクワに旅する人の出発点でもある。

列車の周りは、乗り降りする人も無く静かだ。地理的には極東アジアのこの一角から、遙かモスクワまでレールが続いている証が、この完璧なヨーロッパの風情をたたえた駅舎だろう。


10年前に書いたこの文章で言及しているシベリア鉄道のエピソードはまさしく、冒頭の本で得た知識。そして、そこに載せたフィルム写真を撮っている Zeiss のレンズを、今度はデジカメに載せ替えてロシアで撮っている。ちょっと目が覚めるぐらい、カチッとした絵になった。

沿海州のヨーロッパ

Photo: "Continental breakfast. Tea or Coffee."

Photo: “Continental breakfast. Tea or Coffee.” 2017. Vladivostok, Russia, Apple iPhone 6S.

起きる起きると言いつつ、起きる気配のない友人を部屋に残し、一人で食堂に降りた。

さっぱり英語は話さないおばちゃんが指し示すメニューは、ロシア語と簡体字併記で手に負えない。漢字の雰囲気から、コンチネンタル・ブレックファーストのようなものを注文した。


それにしても、まだ昼前だと言うのに、開け放たれた窓からは熱気を帯びた空気が入ってくる。極東ウラジオストクの7月が、まさかこんなに暑いとは思わなかった。スーツケースの大きなスペースを占めるフリースと、カーディガンの出る幕は無い。


紅茶はティーバグで、自分で入れる。トワイニングと、読めないラベルの多分ロシア・ブランドのティーバグ。もちろん、地元の方を選ぶ。やっぱりここはお茶の文化なので、コーヒーよりお茶が幅を利かせている。

お茶を啜りながら待っていると、運ばれてきた。ちょっと共産主義ディストピア定食みたいで、ワクワクする見た目。薄切りのトーストと、チーズ、ハム、苺ジャムとバター。200ルーブル。テレビCMを見ていると、ハムとスライスされたチーズ(スライスチーズではない、塊を切る文化だ)とパン、という感じの朝食の光景なので、割と現代のロシア的なメニューなのかもしれない。


とても質素で、まるで高級では無いのだけれど、トーストが抜群にうまい。元がそういうものなのか、おばちゃんの腕が良いのか、サクサクにむら無く焼き上げられていて、とても軽い。少し味の濃いバターがぴったり合う。

こんな極東アジアの一角に、こんなにきちんとパンを扱う文化が有ることに驚く。こういうものは、一朝一夕にには多分できない。ベトナムのフランスパンの旨さにも驚いたが、ウラジオストク郊外のなんでもないホテルのこのパンも、ちょっと忘れられない味だったのだ。

見た目の三倍くらい満足な朝食だった。