イデオロギーとか、民族とか、政府とか、領土とか、色々ある。

Mutton hot pot

Photo: “Mutton hot pot” 2013. Tokyo, Japan, Apple iPhone 4S.

イデオロギーとか、民族とか、政府とか、領土とか、色々ある。
でも、そういうのを超えて、何百年とか、何千年受け継がれてきたのが、食べ物の文化で、その普遍性とか、浸透力とかは、凄く細胞にしみる。

電車の中で安倍総理の論文”Asia’s Democratic Security Diamond”を読んで、中国の脅威について考えて、で、30分後には北京語の飛び交う中で羊鍋を食べる。


思いっきり熱くして、と頼んだ紹興酒がしみる。北京の裏路地で初めて火鍋を食べた時とおんなじに美味しい。壷に入って出てくる、謎の漬けダレをつけて、軽く煮た羊を食べる。ニンニクとザーサイと、他に一体何が入っているのかさっぱり分からない。

火鍋の美味しさに、領土とか、政府とか、そういう事はまるで関係が無い。鼻血が出るほど寒い、北京の冬に体にしみた味は、日本の冬でも、やっぱり美味しかった。

ペンギンは暑いと口を開ける

Summer penguin

Photo: “Summer penguin” 2013. Kyoto, Japan, Richo GR.

「アチイ、、アチイヨ。。」
「ダメダ、クチアイテキタ。。ミズ、ミズ」

お前ら、小屋に入れよ、せめて日陰に。

「ミズ、クルハズナンダヨ」
「ココニイタラ、ミズクルンダヨ」


飼育員のねえさんが言うには、今年の夏は暑さでプールの藻の繁殖がシャレにならないらしい。普段は休園日に行われるプール掃除では追いつかないんだという。掃除が終わるまで、ペンギン達は大人しく、水を抜かれたプールの底に立ち尽くしている。掃除機をかけるオカンを見つめる子供のように、日陰に入るわけでもなく、所在なげに。

「南半球に居る鳥ですからね、実際、暑さには結構強いんですよ。でも、ちょっとバテてますね。口開けてますね、早く水を入れないと。。」

暑がっているペンギンは、口を開ける、というのを初めて知った。犬か。

リアルすぎるお坊さんフィギュア

Realistic monk figure

Photo: “Realistic monk figure” 2012. Bangkok, Tahi, Apple iPhone 4S.

僧侶が並んでいる。

露店の台の上に、それぞれに微妙にポーズも顔つきも違う、精巧な僧侶フィギュアが並べられている。一見してガラクタのラジカセや、ニセモノの骨董品が並ぶ露店街に、突然、桁違いにハイグレードな品々が。

ディアドロップの真っ黒な大門サングラスをかけた兄ちゃんが、店番をしている。

通常、僕は旅先でお土産の類をできるだけ買わないが、これはなんとなく買って帰らなくてはいけない気がしてしまっていた。でも、待て。どこに飾るんだ。もっと言えば、こんなにあげづらい、捨てづらい土産は無いのではないか。


タイに於ける、お坊さんのアイドルっぷりに、僕はかなり驚いていた。

朝、テレビをつけると高僧の説教をひたすら流す、「お坊さんチャンネル」に行き当たる。それも 2チャンネルある。きっと、自分の宗派とか、好みの路線というものがあるのだろう。

タクシーのバックミラーには、お坊さんブロマイドがかかっている。運転手に「それは、敬愛する僧なのか?」と訊くと、そうだと言う。バスの側面には、僧侶の写真が極彩色でプリントされている。


「ワット・ポーは今日は休みだよ!こっちに付いてきなさい」

という、あまりにもあからさまな客引きのオッサンを振り切って、王宮から数ブロック離れたワットポーに向かって歩く。タイにも客引きは確かに居る。でも、しつこくないというか、諦めが良いというか、「いらない」「乗らない」「興味ない」というと、たいてい意外とあっさり「あ、っそ」という感じで引き下がる。中華圏では考えられない引き際の良さだ。

空港からホテルまで来て、降り際にあと TBH1,000よこせ、という運転手に「なんだその料金は、聞いてないぞ」と、いささかの長期戦を覚悟で挑んでみたが、「ちぇっ、いいよいいよ」という感じですぐに引き下がってしまう。

受けて立つ気満々で言ってみたこちらは、拍子抜けしてしまう。根っこの所で、抑えが効いているというか、殆ど例外なくタクシーに飾り付けられている僧侶アイテムは伊達では無いのだ。


引き続き、ワット・ポーに向かって歩いている。露店が何百メートルにもわたって、続いている。遺跡からの出土品、と言いたいのだろう、小さい仏像を刻んだ石とも、汚れたテラコッタともつかないものをやたらに沢山並べている。とても手を出す気にはならないが、これを買っていく人も、やっぱり居るのだろうか?


そして、突然目に飛び込んできたのだ。

あまりにも、リアルな僧侶フィギュアが。目を疑う程の作り込みと、質感十分な仕上げ。これが人形である事を伝えたいために、わざわざ露店のオヤジを入れて撮影してしまった。

ちょっと買おうかな、と思った。値段が、実はそんなに高くない。でも、やめた。後日不要になった時に、どうやって処分すれば良いのか、やっぱり分からなかったからだ。