二回目の大阪

大気にアミノ酸(注1)が満ちているような、濃厚な匂い。横浜の中華街だって、こんな匂いはしない。空気が、脂の細かい粒子で満たされたように重い。電車のドアが開き、ホームに一歩足を踏み出すと、そんな外気が鼻腔に流入してきた。初めての感覚に、僕は戦慄を覚えた。


少し前にも大阪(注2)について書いたが、僕と大阪は、根本的に相容れない。神戸には住めるかもしれないが、大阪は無理だ。出張に行くならまだしも、旅行であえて大阪を目指すことはあるまい。しかし、初めての大阪から5ヶ月、またもや僕は大阪に来ている。もちろん、今回も出張だ。

大阪も二回目なので、さすがに慣れてきた、、、なんてことはない。前に立つたびに「ポーン」と怪音を発する駅の券売機に苛立ち、世間が核燃料工場の臨界に騒ぐ時に「横山ノック」の話題を一面に載せる新聞にあきれ果てた。

今日は大阪最後の夜。仕事も終わり、鶴橋にある「風月」という店で、お好み焼きを食べることにした。僕が最も憎悪する食べ物は、言うまでもなく、 ニュージーランドの悪夢「キウイフルーツ」であるが、それと並んでキライなのは大阪文化の香りを体現する「お好み焼き」である。ぐちゃぐちゃのうどん粉 を、ベタベタしたソースでこねくり回して食べる、アレだ。アレに限らず、うどん粉を主成分とする、焼き物系は、ことごとく僕のキライなものである。お好み 焼き、たこ焼き、鯛焼き(これはまだ許せる)、、。粉モノはキライなのだ。


しかし、前回の大阪出張で食べたたこ焼きは、存外に旨かった。関西人が、たこ焼きの旨さを誇る理由も理解できなくはないと思った。そして今回、お好 み焼きに挑戦する。たこ焼きがあれだけ関東と違うのであれは、お好み焼きもきっと違うのだろう。もちろん、大阪を一人でうろうろしてお好み焼きの店に入る などという、危険極まることはしたくない。そこで、昔神戸に長く住んでいた同僚の人に頼んで、「最も旨いと思われる店」に案内してもらうことにした。それ が、大阪環状線は鶴橋駅にある、お好み焼き「風月」である。鶴橋という駅自体、関東の人間にとっては異質な場所である。駅に降りた瞬間から、本当に焼肉の 脂や、お好み焼きのソースの匂いが、大気に満ちている。これは、完全に本当のことで、心底衝撃を受けた。

鶴橋の駅から出ると、なんの躊躇も無くディープな飲食店が軒を連ねている。雰囲気的には、新宿のおもいで横丁(通称:小便横丁)に近いものがある。 しかし、匂いの強烈さは、その比ではない。気分が悪くなるほど濃い、キムチやら、牛脂やらの匂いが、裏路地を満たしている。そうした状況が、駅前からいき なり展開しているのだ。もし僕が一人でこの駅に来ていたら、迷わず引き返したに違いない。案内役がいてよかった。

案内役の後ろについて、やたらに狭い路地をくねくね行くと、目的の店「風月」にたどり着く。案内役である同僚の人曰く、「関西で、僕が一番旨いと思 い、また、感動したお好み焼き」を出す店だ。僕のイメージでは、関西のお好み焼き屋は、かなり敷居が高かった。なんか怖そうなのだ。しかし、その不安と言 うか、期待は、良い方向に裏切られた。まず外見は、木造の脂ぎった平屋に、黄色い畳というイメージだったのだが、そういうことは無かった。店内は、ねじり 鉢巻のオヤジが店の全てを牛耳っていて、私語厳禁で、もしタバコなん吸うやつが居ようものなら、額に向かってコテが飛んでくるような緊迫した雰囲気、を想 像していたのだが、そういうことも無かった。

店は、清潔なタイル張りで、椅子とテーブルが使われていた。オヤジではなく、若いアルバイトが沢山いて、注文はPOSシステム(注3)で管理されていた。灰皿もあった。うーん、なんかイメージと違う。いたって普通の、繁盛しているお店だ。


さて、風月のお好み焼きは、大量のキャベツにうっすら生地をまぜ、コシのある細うどんをのせた、いわゆる「モダン焼き」というものである。(いちおう、普通のお好み焼きも頼める)二人とも、そのモダン焼きを注文した。

関西のお好み焼きは、ほとんどの店で、店員が焼いてくれる。だから、お客は見ているだけでよく、楽だ。(楽しくはないかもしれないし、逆に手を出す と怒られるのではあるが)関西のお好み焼きは、焼くときにコテで押しつぶしたりしない。最初にキャベツと、豚肉・海老などの具材に、薄い生地を加えてざっ くり混ぜ、鉄板の上に丸く伸ばして、あとはほったらかし。忘れられたかと思う頃に、うどんを乗せてひっくり返し、またほったらかし。あとは数回ひっくり返 して焼きムラを調整。仕上げに、マヨネーズと大阪的ソースをべったり付けて完成である。店員ではなく、地球の重力が一番仕事をしている。

いよいよ焼きあがって食べてみると、確かに旨い。キャベツがたっぷり入っているので、口当たりも軽いし、カリカリに焦げたうどんが、かなり美味しい。とりあえずは、お好み焼きというものを認めてやろうという気になった、、。


しかし、確かに旨いのだが、3分の 2を食べ終えたあたりから、にわかに厳しくなってくる。つまり、量が多い。むちゃくちゃ多い。一日、ハードに働いて、へろへろになって、腹のすき具合も最 高潮に達しているはずの我々にとっても、このあまりにでかいお好み焼きは、やはり、あまりにでかい。ところが、横の女の子 3人組みは、焼きそば、げそ塩焼きをシェアしつつ、お好み焼きを 1人 1枚平らげ、さらにチューハイのジョッキを傾けている。別に、彼女達が肥えているとかそういうことではなくて、ごく普通の、痩せている部類にはいるような 娘たちなのに、、。大阪人、喰いすぎ。

最後は、意地の勝負だ。大阪のお好み焼きごときに敗北するようでは、関東の皆さんに顔向けできない。立派に完食して、故郷に錦を飾るのである。終 盤、いままで飲んだビールが、足を引っ張り始めた。腹の中で、ビールの水分を得たお好み焼きが、明らかに膨張している。苦しい。口がソース味を拒否し始め たので、キムチを注文し、しのぐ。


とにかく、僕は勝った。鉄板の上のお好み焼きは、完全に腹の中に消えた。でも、もうだめだ。帰ろう。

ホテルに向かって電車に乗りながら、いつまでたっても「お好み焼き臭」が大気から消えないことを不審に思った。僕が臭いのだ。嗅いでみると、背広の 上着にはしっかりとソース味がついていて、空腹ならば、これおかずに、白飯 2杯は食べられる勢いだ。ホテルに帰って、シャワーを浴び、服を着替えた。歯も磨いた。しかし、ミネラルウォーターを片手に、眺めの良い 17階の部屋の窓から夜景を眺めてみても、いっこうに気分は落ち着かない。

体一杯に、「お好みソース」を充填されたような、そんな気分だ。喉元まで「大阪」が入っている。そして、関東の遺伝子を攻撃している。この街は恐ろしい。

注1 アミノ酸・・・味覚の5大要素のうちの1つ、うまみ成分。
注2 大阪・・・日本列島の中部に位置する独立国家。首都:大阪、人口:8,832,606人、ビザ:不要、人種:大阪人62%・関西人21%・その他 17%、公用語:大阪弁・日本語(ホテル・駅などでのみ通用)、通貨:円(1円=約0.7円)、主食:たこ焼き・けつねうどん、気候:熱帯湿潤気候、時 差:1年、主力産業:安売り業。
注3 POSシステム・・・居酒屋やファミレスなんかで使われてる、注文をとるための電卓みたいなもの。

答えの無いことを問う

なぜ、答えの無いことを問うのか。

誰にも分からないことを、どうにもならないことを、人は問う。他人に対してもそうだし、自分自身に対してもそうだ。決して答えの得られない問いを、人はいくつも抱えている。そして、その答えを、求める。

しかし、最近、僕はそういう事をすることが少なくなってきた。とても、少なくなった。

だから、自分や他人を困らせることが少なくなったと思う。

理由ははっきりとは分からない。これは分からないことなんだ、ということを、たくさん「知った」からかもしれない。自分の問いにあまりにも永い間、答えが無かったからかもしれない。あるいは、やっと答えのようなモノを見つけ、少し納得したからかもしれない。


いずれにしても、答えの無い問いには、結局、「答えは無い」。それは、変わらない。にもかかわらず、昔に比べれば、問いと答えをめぐる、心の中のこだまは、ずっと小さくなった。

人は、そうやって「固まって」いくのか。そうなる自分が、ただ嫌だった時もあった。今は、それでも良いと思うことがある。

肉体労働、あるいは梱包の楽しさについて

いつもは、MDウォークマンのイヤホンを耳に突っ込んで、やる気無さそうにモニターに向かいながら、データーベースのチューニングをやっている(本人の内面的にはやる気があるのだろうが)友達のコンサルタントが、今日は肉体労働をしていた。

妙に生き生きして、楽しそうだ。Yシャツ姿に腕まくりで、やる気がみなぎっている。

マシンルーム(大型コンピュータ専用の部屋)の隣にある休憩ゾーンで、いがいがした味のお茶を飲みながら、傍らでそいつが嬉々として段ボールに、ビニールの緩衝材を詰め込んでいる光景を眺めていた。

行われている作業は、大人が数人は入れそうな巨大な段ボール箱(いわゆる木枠付)に、ハードディスクの入った箱をえんえんと詰めるというもの。いわゆる、梱包である。


梱包作業、実はこれは非常に楽しい。僕は今の会社に入ったばかりの頃、梱包作業ばっかりしていた時期があった。自分のやりたいことは、自分で見つけろ、という社風だったので、当時、やりたいことが見つからなかった僕には、梱包作業ぐらいしかやることがなかった。

部署で発送する様々なコンピュータ機器を、適宜梱包し、社内便の集配時間を見計らって、確実に出荷する。一見、誰にでも出来そうな、そしてコンサルタントである僕の本来の仕事とは全く関係のない、単純労働だ。

こう言ってしまうと、日陰で非常に侘(わび)しい生活をしていたように思われるかもしれないが、そんなことはない。干されていたのかもしれなかったが、梱包の楽しさというのは、そんなことぐらいで薄れるものではないのだ。


少しだけ、梱包の世界について書こう。

梱包でもなんでもそうだが、ポイントは使う人の立場で考えること。(なんだかな、、)お客様の気持ちになることである。使うガムテープを吟味し(結 論は、引越し業者が使う業務用ナイロンテープが最良と分かった)、剥がし易くかつ確実に固定する。ガムテープの一方を折り返しておき、「ココから剥がす」 という場所を作っておくのも、好ましい工夫だ。

また、コンピュータに必ず必要なケーブル類は、エアキャップ(通称プチプチ)とガムテープを使って種類ごとに専用の小袋をつくり、そこにケーブルの絡みや捩(よじ)れを丁寧に解いてから、無駄なく詰める。

基本は、言うまでもなくしっかり包むことだが、こうした心遣が「差」を生み出すのだ。何の何に対する差かは知らないが、、。そして、最終的には、最 小限の梱包資材を使って、美しく仕上げることを目指す。大きさも、形も、重量も千差万別の梱包対象を相手にするのであるから、それは終わり無き追求の道 だ。

とはいっても、高い給料を払っている専門職に、えんえんとそんなことをされて、会社はさぞかし迷惑だっただろう。しかし、その生活は僕にとっては、 とても良かった。会社で荷物の発送をしている業者の人たちとも、仲良くなった。最後には、搬入口(荷物の送り出しと受け取りの専用エリア)のおっさんに 「xxさん、荷物届いてたよ、後で持ってくから」と名指しで言われるまでになった。


もはや、僕はそういうことはしていない。

いまでは、たまに自分の荷物を送るぐらいだ。しかし、あの時に梱包品の無い暇な時間に自分で勉強した技術は、その後の僕の仕事に大いに役にたった。梱包作業なんて、もともとそんなにあるわけではない。梱包をメインで唯一の仕事にしていた僕には、山ほど自由な時間があった。

たった、2年前の話だ。他の同期達は、客先で何 100人の聴衆を前にプレゼンをしたり、プロジェクトに入ってシステムの構築をしたりしていた。その時、僕は本社4階の隅っこにあるマシンルームで、四角 いコンピュータ達を、ごそごそとエアキャップにくるんだり、ギュウギュウと箱に押し込んだりして暮らしていた。中には、部署での役割を終えて、最後の梱包 をされ、どこかに送られていくものもあった。僕は、そいつの緑色しか色の出ないディスプレイを、磨いてやった。

そういう力の抜けた所から始められたのは、とても良かったと思っている。引っ張り出して、いろんなケーブルを外し、一つ一つ包んで、どこかに送り出 す。送られるものがなければ、マシンルームの本棚に、誰も読まないまま置き去りにされた、本を読んだ。そうやって、次に送られるマシンが来るのを、日がな 一日、待った。

梱包は楽しいのだ。