もう充分

Photo: 2000. Shimanto, Japan, Nikon F100, AF Nikkor 35-105mm F3.5-4.5D, Fuji-Film

Photo: 2000. Shimanto, Japan, Nikon F100, AF Nikkor 35-105mm F3.5-4.5D, Fuji-Film

水は、至る所からわき出していた。岩の隙間の柔らかな苔の縁から、あるいは、灌木の生い茂る山肌から。

たどっても、たどっても、結局は源流なんてものは無かった。水の湧き出る岩の隙間。その先には山の奥深くに伸びる帯水層があり、その上には雨に向かって枝葉を広げる山の木々がある。そして、見上げると、空がある。全ては、繋がっている。

答えは、簡単だった。


急傾斜の岩場にしがみつきながら、上に向かってのろのろと進んでいると、うっそうとした森に、眩く太陽が差し込んだ。それまで、しっとりと深い緑に覆われていた水の流れが、キラキラと輝き、黄金色に染まった。

何もかもが、はっきり見えた。柔らかい苔の葉が、太陽の光を吸って、呼吸している。水は、一時の休みもなく形を変えながら、その上を流れていく。

僕は必死にカメラのシャッターを切り、山が旅の最後に与えてくれた輝きを、フィルムに刻みつけた。ファインダーを通して、暖かい光が、僕の顔を照らした。


一時の後、光が弱まった。また、雲が山頂を覆ったのだ。水の音は、まだしていた。山は、まだ上に続いていた。

なんとなく「もう充分だろ」と言われている気がした。僕も、「うん、そうだね」と思った。カメラの水滴を払い、もう一度、その神秘な生き物の姿を振り返った。

四万十川遡上の旅は、終わった。

幅10センチ

Photo: 2000. Shimanto, Japan, Nikon F100, AF Nikkor 35-105mm F3.5-4.5D, Fuji-Film

Photo: 2000. Shimanto, Japan, Nikon F100, AF Nikkor 35-105mm F3.5-4.5D, Fuji-Film

今、目の前に勢いよく流れている、幅10センチほどの流れ。これが四万十川の、源流だ。

周囲は、既に30度程の傾斜になっていて、一面苔生した岩肌。なぎ倒された灌木と雑木が、その隙間を埋める。足下は湿っていて頼りなく、水量が少な いとはいえ流れは速い。湿り気のある緑の香気に満ちた空気がなければ、頼りない急傾斜の岩肌に撮影用の装備一式を背負って取りついている恐怖を、感じたかもしれない。

しかし、あまりにも美しい苔の緑と、美しく透き通った水に僕は興奮し、恐怖を忘れ、高く高く登った。

ハイビスカスの花

Photo: 2000. Kochi, Japan, Nikon F100, AF Nikkor 35-105mm F3.5-4.5D, AGFA-Film

Photo: 2000. Kochi, Japan, Nikon F100, AF Nikkor 35-105mm F3.5-4.5D, AGFA-Film

例えば、水墨で描かれた四季の果物。清々とした緑色の瓜、赤々と熟した柿。モノクロームの水墨画でも、色を表現することができる。表現は、手段の制約に縛られるものではない。

そして、もちろんモノクロ写真にも色は写る。見る人が、一番素敵な色に染めるのだ。

高知。照りつける夏の太陽。そのしたでは、ハイビスカスの花が色鮮やかに満開になっていた。

ハイビスカスといえば沖縄というイメージがあったので、少し驚いた。ちなみに、花言葉は「新しい恋」だって。