臭い花

Photo:"Stinky flower."

Photo:”Stinky flower.” 2001/5. Santa Tresa, San Jose, CA, CONTAX T2 Carl Zeiss T* Sonnar 2.8/38, Fuji-Film

脳が匂いのデータを処理する領域は、記憶を司る領域に近いから、記憶と匂いは結びつきやすい。というデマっぽい話を長く信じていたのだけれど、改めて調べてみるとそれはだいぶいい加減な話だったようだ。それでも、忘れがたい匂いも、匂いから蘇る記憶も、そういうものは確かにあるので、数年後の科学はまた意見を変えるかもしれない。


20年の時を経て、未だに鮮明に頭の中で再現できる匂いの1つが、San Joseの臭い花の匂い。カラカラの砂漠に、がっしり根を生やした凶暴そうな植物の花は、近づくと咳き込むような臭気を放った。

何のロマンスも、何の美しさも無い臭い匂いが、ずっと忘れられないのだ。

空が青くて、お金持ちで、ちょっとだけ危ない

Photo: 2001/5. San Jose, CA, CONTAX T2 Carl Zeiss T* Sonnar 2.8/38, Fuji-Film

Photo: 2001/5. San Jose, CA, CONTAX T2 Carl Zeiss T* Sonnar 2.8/38, Fuji-Film

シリコンバレー、最終日。

朝5時30分。少し早めに起きた。空港に行く前に、何かを撮っておこうと思ったのだ。窓から眺める朝の光は、まだ弱々しい。空には低い雲がかかり、その隙間から気まぐれな暁光が、ちらちらと差し込んでくる。

写真を撮るには忍耐が必要。光が落ち着くまで、待つことに。メールを読んだり、ついに着ることがなかったスーツを畳んだりして過ごす。


30分後。戸外に出ると、さっきまで弱々しかった光が、凶暴な日差しへとぐんぐん生長してきている。カメラの露出計は、既に露出オーバーの警告を出している。

ホテルが集中するこのブロック。早朝の道路にいるのは、おおまかに言って2種類の人間。一つは、通勤途中か仕事中の、ホテルの従業員。もう一つは、ジョギングをしたり、写真を撮ったりするために外をうろうろしている、ちょっと変わった宿泊客(僕)。


ホテルの近くに建っていた、とあるソフトウェア会社の本社を撮りに行く。ガラス張りの外装は、群を抜いて目を惹く。でもでも、写真の中心部を注意深く観察してみてください。なんかひび割れています。むー、どうみても弾痕にしか見えないのですが、これってどうなんだろう。

シリコンバレーは、空が青くて、お金持ちで、ちょっとだけ危ない、そういうところでした。


注:なんとなく弾痕に見えるよね、というか、そうとしか見えないなぁ、ということです。別に騒ぎになっていなかったので、普通のことなのかも?

路面電車VTA

Photo: 2001/5. Santa Tresa, San Jose, CA, CONTAX T2 Carl Zeiss T* Sonnar 2.8/38, Fuji-Film

Photo: 2001/5. Santa Tresa, San Jose, CA, CONTAX T2 Carl Zeiss T* Sonnar 2.8/38, Fuji-Film

ホテルの前に、路面電車が走っている。仕事は、ちょうど合間。天気は、良い。

「ちょっと、出かけましょうか」

そして、僕たちは電車に乗った。とりあえず、海を目指して。


料金は、ビックリするほど安い。市街の路面電車に一日乗り放題、一部のバスも乗り放題で3ドル。電車、というのは、車が基本のアメリカでは、多分あまり高級な交通手段ではない。サンノゼ周辺を走る路面電車は VTA(Valley Transportation Authority) の運営する、Light Rail System といい、アメリカの公共交通機関という意味では、よく整備されている。


この電車、サンノゼ周辺をずーっと走るわけだが、地域によって見事に客層が違う。シリコンバレー周辺では、いかにも SE な感じの小金持ち。ダウンタウンでは、ほとんどヒスパニック系のブルーカラー。さらに郊外に行くと、リタイアした老人か、なんか危なそうなワカモノ(例外なくメタル T シャツと、ヘッ ドフォンを着用)。そして、どこに行くのか、何者なのか分からないアジア系(われわれ)。

車内の客層と雰囲気は、5分毎に刻々と変わっていく。多分、車で移動してしまったら、気が付かないこの街のいろんな空気。電車は、少しゆっくりした速度で、その中を走り抜ける。

電車は Apple の WWDC が開かれている国際会議場を抜け、ダウンタウンを抜け、さらにみすぼらしい新興住宅街を抜けて走る。今や、車両には我々の他、「100% 暇つぶし」にしか見えないバギーパンツ姿のご老人が1人しか乗っていない。そのバギーパンツ氏も、一つ手前の駅で降りてしまった。


終点。海がない。

「んー、間違って山の方に来ちゃいました」

ありゃありゃ。


注:後で切符の裏を見たら、「係官の要請があった場合には、速やかにこれを提示すること」と書いてあった。説明はよく読まないといけません。